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2018.11.11 過去問
 「過去問」

 「カコモン」という言葉は、受験生でなくても耳にしたことがあるのではないでしょうか。「過去に出題された試験問題」を略して「過去問」と呼んでいるのですが、受験業界ではもちろん入試問題のことを指しています。
 さて受験勉強で過去問に取り組む意義というのは何でしょうか?「過去に出題された」わけですから、これと同じ問題が次年度の入試に出題されることはない、と考えられます。だとするならば、入試には出ない問題を解く意味があるのか?という疑問が浮かび上がりますよね。でも、もちろん重要な意義があります。「入試対策は過去問が全て」と言っても過言ではありませんからね。
 一つには「出題の形式を理解するため」です。入学試験は限られた時間に最大限のパフォーマンスを発揮しなければなりませんから。試験時間が何分であるのか、どんな形式の問題が出題されるのか、それを知らないで受験するというのは、何メートル走るのかを知らないでトラック競技に出場するようなものです。100メートル走なのか1500メートル走なのかを知らないで出番を迎える選手はいないでしょう。スタートしてどこかでスパートをかけようと思っているうちに100メートルが終わってしまう。逆に最初から全力疾走に挑んで1500メートルを走りきらずに力尽きてしまう。そんなバカなことが、と思うかもしれませんが、現実に「試験時間が60分だと思っていました。実際は50分なのに…」ということがおきています。同じ学校でも国語と数学で試験時間が違うといったことがあるからです。正確な試験時間に基づいて、それぞれの問題にどれくらいの時間をかけるのかを考えておかなくてはなりません。選択肢の問題が多いのか、記述問題が多いのか、設問数は全部でどれくらいなのか。出題形式を考慮して時間配分を考えるのです。50分なら50分という試験時間の間に、何をどれくらいのペースで解くのがよいのか、自分にとってのベストの配分を見つけ出すことが重要です。最大限のパフォーマンスということの意味はこれなのです。
 もう一つは「出題の内容を理解するため」です。出題傾向を見極めるのです。学校によって出題される分野に偏りがみられることがあります。どうして偏りが出てしまうのか?出題者の気持ちになって考えなくてはなりません。入試問題は学校から受験生に向けてストレートに発信されています。この問題が解ける生徒は、うちの学校に入学してほしい!という非常に強いメッセージがこめられていることを理解してください。この分野に強い受験生、このジャンルに興味のある受験生に、ぜひ入学してほしい!という出題者の心の叫びが聞こえてくれば一人前ですね。ただし、これを受験生に求めるのは酷というものでしょう。では、どうするのか。そのためにこそ入試問題分析を専門とする塾講師の存在意義があるのです。一人前というのは、塾講師として、という意味ですからね。毎年毎年、入試問題を解き続けているわれわれです。行き着く先は「入試問題予想」になります。過去問をふまえて、次年度の入試問題を当てにいく。ズバリ的中を目指しているのです。
 私が塾業界にのめり込んだ原因の一つが、この入試問題予想になります。「出題傾向どおりならば、絶対にこの作者のこの文章が出題されるはずだ!」と思いつき、いてもたってもいられなくなり、受験前の最終授業でその箇所を取り上げて解説をおこない、本当にそのまま入試で出題されたことがあります。長年塾講師を務めていますので何度も的中を経験しているのですが、最初に「ズバリ的中」させた体験は強烈で、その後の私の人生にも大きな影響を与えました。当時はまだ大学の研究室にも籍を置いていた田中です。プロフィールに「人文科学研究科」とありますよね。それがその名残です(笑)。
 何を研究していたのかといいますと、人類の歴史や社会の成り立ちについてです。かつての人類が「どんな生活をしていたのか」「どんな体験をしたのか」を考えていました。過去問と同じように、全く同じ状況が今の社会におこることはないのですが、歴史をふまえて考察することで、今の問題への向き合い方が変わってくるのです。「人間とは何で、どうあるべきか」ということについて答えようとすること。これが人文科学の存在意義です。人間そのものが、ものすごいスピードで変化し続けています。これからの人間観を模索しなくてはなりません。そのためにも人類の歴史=過去問への取り組みは重要なのですよ。どうですか?過去問の意味合いは深いでしょ!
2018.10.12 不問に付す
 「不問に付す」

 使われている漢字から考えて文字通りの解釈をすると「問題にしないでおく」という意味になりますよね。ではどんな時に使うのでしょうか?問題視されてもよいことがらに対して、あえて「とりたてて問題にはしない」という判断を下す際に使われます。ですから「過失などをとがめないでおく」という意味合いにもなり、さらには「見逃す」というニュアンスまで含まれます。ミスをした者に対してそれを判定する立場にある者が、「今回は許してやるが、次はないぞ!」という、警告とともに反省への期待をこめて「問題にはしない」という態度をとるときに使うこともあります。生徒を指導する立場にある先生にとっては、この「不問に付す」ということが普段の学校生活においても、生徒に対してとるべき態度としておこりうるのです。その際に先生から「今回のミスは不問に付すことにする」などといった発言が、生徒に対して直接あるわけではありませんが、先生として生徒への指導上、黙って見逃すということはありうるのです。しかも、この不問に付すことができるというのが、先生にとって重要な手腕の一つとしてカウントできると私は思っています。やはりベテランの先生でないとタイミングを見計らうのが難しいのではないかと考えるからです。
 「でも、生徒がミスをしたのに知らん顔をしているなんて、それでいいのでしょうか?ちゃんとミスを指摘した上で、正しいことを教えるのが先生の仕事なのではないでしょうか?」真っ当な質問です。先生としての仕事を放棄して、問題がなかったことにしているだけではないか?という疑惑ですよね(笑)。確かに、教えるのが大変だったり面倒くさかったりするならば、それをなかったことにしてサボりたいと考えるのが人間だともいえるでしょう。しかしながら、先生にとって教えるということは決して苦にならないのです。そもそも教えることが好きだからこそ、先生と呼ばれる職業に就いているはずですからね。教えたがるのが先生という人間なのですよ。その先生の本性に反して「教えずに見逃す」という選択をあえてできるところが、ベテランのなせる業だと言いたいのです。
 もちろん見逃すといっても、生徒が間違いに気づいていないときに知らん顔をしていてもはじまりません。ちゃんと指摘をして教えます。間違った理解のままでいられては困りますからね。当然、正しい知識を理解させてこその先生です。ところが「それは間違いです、正解はこれです」と伝えるだけでは、決して生徒の身にはつかないということも経験上よく知っているのがベテランの先生なのですよ。人から教えてもらったことというのはすぐに分かった気になります。と同時にすぐに忘れてしまうのです。もちろん生徒が「分かった!」と目を輝かせてくれるのは、教師にとってこの上もない喜びの瞬間であります。そのためにこそ授業の工夫や教材の研究も続けられるというものです。それでもこの「分かった」は曲者だ!ということに気づいていることが重要なのです。理解はしてもすぐに忘れてしまうというリスクを考慮しなくてはなりません。本当の意味で知識が身につくタイミングというのは、生徒自身が納得したときだけなのです。間違いに自分で気づき、それを消去できたときに、はじめて正しい理解だけが頭に残るという仕組みなのです。「人は消去法でしか学べない」という大脳生理学に基づく説明がありますよね。
 ポイントは、生徒が自分で間違いに気づいたときに、黙って見逃すことが先生にできるか?ということです。自分自身を振り返ってみても、自ら気づいたことというのは本当に一生覚えているものです。「気づき」というのはそれくらい重要なタイミングであり、生徒にとって最大の成長のチャンスだといえるでしょう。この体験を邪魔してはなりません。成長の機会を奪ってはならないのです。ここは自分の出る幕ではないと、先生が堂々と傍観できるということ。不問に付す、見て見ぬふりをすることができるというのが、あるべき教師像の一つだと私は考えるわけですよ。
2018.09.07 リカレント
 「リカレント」

 アメリカのアップル社が開催した開発者向けのイベントにティム・クックCEOから直々に招待され、「最高齢プログラマー」として紹介された日本人をご存知でしょうか?82歳のiPhoneアプリの開発者である若宮正子さんです。昭和の時代にはおとぎ話であった「コンピューターおばあちゃん」と呼ぶのに、まさにふさわしい人物です。若宮さんはおっしゃいました「人生100年時代、学齢期の教育だけでは不十分です」と。なんと若宮さんがプログラミングを始めたのは80歳になってからなのです!この若宮正子さんをメンバーに迎えたのが先月取り上げた「人生100年時代構想会議」です。もちろんグラットンさんもメンバーとして参加していますよ。人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための政策のグランドデザインを検討するために設置されたものです。この会議からの提言を受けて日本政府は「いくつになっても、誰にでも、学び直しと新たなチャレンジの機会を確保する。リカレント教育の抜本的な拡充を図ります!」と、発表しました。
 キーワードは「リカレント教育」ですね。リカレントというのは「循環する」ことを意味し、従来の教育が学校から社会へという一方通行であったのに対して、一度社会に出た人たちの学校への再入学を保障することで、学校教育と社会教育を循環的にシステム化することを目指しています。フルタイムの就学とフルタイムの就労を繰り返すことができる環境を整備することが求められているのです。急速に変化する社会に適応するために、義務教育が終わり社会に出てからも、個人が就学と就労を交互に行いながら、仕事に必要な知識や技術を学び続けることが望ましいという考え方に基づいています。
 ライフコースの図式で表すならば「教育」→「仕事」→「教育」→「仕事」という循環を、何度でも繰り返すことのできるのがリカレント教育なのです。
 日本は世界に先駆けて超長寿社会を迎えることになります。人生100年時代を見据えて、これまでの制度や慣行にとらわれない、新しい仕組みづくりが進んでいきます。我われはその真っ只中にいることを自覚しなくてはなりません。
2018.08.11 未来予測
 「未来予測」

 私が子どもだった昭和の時代にも「○○年後には☆☆が実現する!」といった未来を予測した記事であふれていました。1970年に開催された大阪万博のテーマが「人類の進歩と調和」でしたからね。科学技術は日進月歩で発展し人類はどこまでも進歩していく!という未来を誰も疑いませんでした。「2015年には人型ロボットが人間と共存している」という予測を信じきっていた私は、ロボット工学を専攻する研究者になって活躍する将来を夢みていました。「ハカセ!たいへんです。ちょっとこっちにきてください!」と、みんなから頼りにされる科学者に憧れていたのです。そうしたたくさんの未来予測の中でも特に幼い私の記憶の中に強烈なインパクトをあたえた記事がありました。それは「20XX年ついに人間は死ななくなる!」というものです。映画か何かの宣伝ポスターだったと思うのですが、21世紀に実現されると予測したことが年表形式でまとめられていました。その年表の最後に記されていたのが「人間は死ななくなる」だったのです。小中学生には信じられないかもしれませんが、この頃の日本人男性の平均寿命はまだ60歳代だったのです。現在では高齢者ともいえないような年齢でしかありません。そんな時代に「人間の寿命はどこまでものびるはずだ」という願望をストレートに表明したのが、この表現だったのでしょう。
 平成も30年が過ぎて、いよいよ次の時代が始まろうとしている現在、あらためて未来予測が様々に語られています。とりわけAI(人工知能)技術の発達は目覚しく、例えば「10年後にAIにより多くの仕事が淘汰される」だの、「2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点:人工知能が人間の脳を超えてしまう地点)に到達する」だの、皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。しかしそれ以上に、社会のあり方を根本的に変えてしまうような状況になることが確実視されています。多くの人が100年の人生を生きることが当たり前になる時代=「人生100年時代」の到来です。現在の小中学生の世代については、すでに半数の人たちが百歳まで生きるだろうと予測されているのですよ。寿命がのびるというのは人間の変わらぬ夢ですよね。でもだからといって、それで社会のあり方がどのように変わるというのでしょうか?
 「人生100年時代」というのは、英国ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットンさんが、長寿時代の生き方を説いた著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で提言した言葉になります。日本でもベストセラーになった本ですが、サブタイトルが「100年時代の人生戦略」というのです。この「人生100年時代」という言葉は2017年の流行語大賞にもノミネートされました。さらには「人生100年時代構想」として日本政府の重要政策のひとつに位置づけられるまでになっています。
 グラットンさんは、寿命がのびて100歳を超えるようになれば、これまでのライフコース(個人が一生の間にたどる道筋のこと)を大きく見直さなくてはならないと主張しています。従来80歳程度という平均寿命を前提にして、20歳代までは「教育を受ける」期間として、60歳代までは「仕事をする」期間として、80歳代までが「引退して余生を過ごす」期間として、人生には独立した三つのステージがあると考えられてきました。小中学生は人生でたった一度しかない「教育を受ける」期間を過ごしているのであり、私はこれまた一度しかタイミングのない「仕事をする」期間を過ごしているということですよね。高校・大学まで教育を受け、新卒で会社に入って仕事を続け、定年で引退して現役を終え老後の暮らしを送る。すなわち「教育」→「仕事」→「引退」というライフコースです。とても単純ですが明確ですよね。確実で安定した時代背景に基づいているからです。ところがこれからの時代は、より複雑で曖昧になり、不確実性が増して、どんどん不安定になります。確かな答えがない、という新しい局面を迎えることになるのです。これまでのコースは通用しなくなるでしょう。
 ではこれからの人生100年時代において、何が重要になるのでしょうか?グラットンさんが真っ先に挙げているのが教育です。新しい時代に向けて、いまもっとも大きな変化が起こっているのが教育の分野なのです。日本でも2020年度から新しい学習指導要綱が全面実施されます。そこでは「未知の社会を生き抜く力を育む教育」が目指されています。将来の予測が難しい社会の中でも、未来を創り出していくために必要な資質・能力を確実に育むために必要なこと。それは定められた手続きを効率的にこなすだけでは足りません。直面する様々な変化を柔軟に受けとめ、感性を豊かに働かせることが求められるのです。答えがないわけですから、自分なりに試行錯誤しなくてはなりませんし、また多様な他者と協働することも必要になるでしょう。予測できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して自らの可能性を発揮していかなければなりません。何だか大変そうですね(笑)。でも人間の夢だった長寿社会を実現したのですから、「望むところだ!」と、未来を創っていきましょう!
2018.07.06 謦咳に接する
 「謦咳に接する」

 「情報化」の波は教室という教育の現場にも押し寄せています。人工知能の発達によって、将来的には人間の仕事が奪われてしまうかもしれない職種、という予測が発表されて話題となりましたが、「教師」というジャンルは人間のままの仕事で残るそうです。それでも、「情報を生徒に与える」という観点からだけですと、アンドロイドによる間違いのない情報発信の方が優れているのでは?という思いがよぎりますよね。でも、情報以外の要素にこそ、教室での先生によるライブの授業の醍醐味があると思うのですよ。どういう意味でしょうか?
 そこで登場する言葉が「謦咳に接する」になります。「謦咳」とは「せきばらい」のことです。「謦咳に接する」というのは、間近でせきばらいを聞けるだけで幸せであるという意味から、尊敬する人と直接会ったり、話を聞くことを敬っていう言葉となりました。中国の古典『荘子』が出典だとされる故事成語です。
 いくら尊敬する人物に接することが嬉しいからといって、話のはじめの「せきばらい」だけを聞いて、何か意味があるのでしょうか?情報という観点からはゼロですよね。さすがにノートに「せきばらい」を書き写す生徒はいないでしょう。けれども私は、その「せきばらい」=「先生が発するニュアンス」には、意味があると考えるのです。
 江戸時代の高僧、白隠禅師が、自らの師匠について語った話があります。正受老人と呼ばれたその方の周りには、いつも二百人ほどの弟子が集まっていたそうです。正受老人はお説教もしなければ、お経も上げません。けれども弟子たちは、そのお人柄に触れ、それだけで自分が磨かれていくと思い、つきまとっていたのだそうです。これぞ「謦咳に接する」ですよね。
 言葉によって説明される「説教」や、文字として記されている「経」というのは、「情報」だと言うことができます。いわば「予習できること」でもあるのです。ところが、さらにその先、仏教の真理に近づこうとするならば、自分で何かに気づかなくてはなりません。その際にヒントとなるのは、師匠である正受老人の態度そのものなのでしょう。おそらくは、何気ない一言や、ちょっとした仕草によって、「その人の全貌があらわれる」という程のインパクトを与えることができたのだと思います。不用意な一言で全てを台無しにしてしまうというありがちな失敗の、まさに逆バージョンですね。単なる情報には還元できない「意味」が、謦咳に接するということにはあるのだと思いますよ!
2018.06.08 悪口雑言
 「悪口雑言」

 「あっこうぞうごん」と読みます。「人に対して次々と口汚い悪口を言うこと、口をつくままに色々な悪口を言うこと」という意味の四字熟語になります。例として次のような文があげられていました。「次から次へと、機関銃のように、悪口雑言が彼女の口をついて出た。」ついつい思い浮かべてしまいますよね。かつてテレビでも連日のように取り上げられていた元女性国会議員のことを(笑)。怒りにまかせて次から次へと罵声を浴びせている音声が、ICレコーダーに残されていた、というアレですね。教え子の小学生まで、その口ぶりを真似していたほどです。強烈なインパクトを与え、かつ記憶に残ります。そう、覚えようとしなくても覚えてしまう…エピソード記憶に残るのです。ここまで感情があらわになると、否が応でもそれを聞いている人の感情にまで影響を及ぼします。ですから喜怒哀楽を人に伝える際には注意が必要にもなるのです。相手の記憶に深く刻まれてしまうかもしれませんからね。
 どんな怒り方をするのか、というのはその人の品性にかかわってくる問題です。もちろん怒り方だけではなく、喜び方、哀しみ方、楽しみ方それぞれに、品格は現れます。けれどもやはり、相手のあることである「怒り方」については、特に意を用いなくてはならないと思います。「自分の感情なんて自由に表に出せばいい!」という意見もあるでしょう。ですが、自分の感情が自分だけのものではなく周囲にも影響を与える、ということを理解すれば「表への出し方」については慎重に対処すべきであるということが納得できるでしょう。周囲への影響を考えて、周囲への配慮を示すということ。品格というのも、突き詰めれば他人への気遣いということになるのだと思います。「自分がいやだと思うようなことを人にしてはいけない」というルールを守ることが大切なのでしょうね。
2018.05.07 取りも直さず
 「取りも直さず」

 「東大に合格するなんて子どもの頃から天才だったんでしょう?」何度か耳にした言葉です。私自身が言われることもありますが、東大に進学した教え子君が小学生の頃にどのような学習態度だったのか、というお話をご父母の皆さんにする場合でも、反応として返ってくるケースがあります。もちろんここでの天才という言葉には「非常に優秀」というくらいの意味しかなくて、「小学生の頃からすごくお出来になったでしょう?」という発言と内容は変わらないのですが。それなら秀才という表現でもよさそうなものですが、「秀才を超える」という意味で天才という言葉を使って下さっているのです。「ちょっとやそっとの秀才ではない」というニュアンスをこめて、おっしゃって下さっているわけですね。
 しかしながら、「誰も考えつかないこと」を創造するのが天才だとするならば、東大合格生というのは、そうした「何もないところから、新しいものを生み出してくる」という方向性とは正反対のタイプだと思うのです。正反対というのは文字通りで、「目の前にあるものを、誰にでも分かるように解説する」というのがその真骨頂になります。これは文明開化の時期に東京大学が設立されて以来の重要な役割だと私は考えています。西洋から日本ではまだ誰も見たことも聞いたこともないような新しい考え方や技術が伝えられました。それを「これは取りも直さずこういうことだ」と説明して、皆が「へー、そういうことだったのか!」と理解できるようにすること。このうまく説明する能力こそ、東大に期待され、また東大生が発揮すべき力であると考えるのですよ。
 「Aというのは取りも直さずBということだ」という用法では、Aを説明するために、Bという内容によって、相手を納得させなくてはなりません。「なるほどぴったりと当たる」と相手に思わせなくてはならないのです。そのためには「それはどういうことですか?」という質問をあらかじめ想定して、そうした疑問が出ないように表現を練り直し、簡潔でしかも状況を説明するのに最も適切だと思われる表現を選び取らなくてはなりません。でもそれは、うまく言い換える能力に過ぎませんよね。決して何かを生み出す天才ではないのです。むしろ誰にも理解されない天才の発想を、皆が理解できるように説明するサポーターの役割です。でもこれこそ、国語の読解で最も求められる力ではないでしょうか!


2018.04.10 軌道修正
 「軌道修正」

 筆者の友人に、とある禅寺のご住職がいらっしゃいます。お寺のお坊さんというと、皆さんはお年をめした方というイメージを抱くかもしれませんが、このご住職は小さなお子さんもいらっしゃって比較的若いのです。といっても筆者と同い年ですから、世間的には若いという範疇(はんちゅう)には入らないのですが、お寺の世界では若手で通ってしまいます。学問や政治の世界でも40代はまだまだ「はなたれ小僧」の扱いですから、本家本元の僧侶の世界でしたら、なおさらそうだと言えるのではないでしょうか。そんな若手と目されているお坊さんだからなのか、かなり無茶なお願いが舞い込んだのだそうです。
 「バンジージャンプを飛んでくださらないですか?」テレビ局のディレクターがやってきて出演の依頼をされたそうです。面白そうだから「いいですよ!」とオッケーしたと言うのですが、依頼するほうも依頼するほうですがオッケーするほうもオッケーするほうです(笑)。「何が目的の企画だったんですか?」とたずねると、禅の修行をしているお坊さんは一般人と違って常に平常心でいられるのかどうか?を検証する実験を行いたいという趣旨だそうで、初めてバンジージャンプを体験する一般人とお坊さんとで、その様子についてテレビカメラを通して比較するというのです。「平常心でいられるかということを試すなら、何もバンジージャンプでなくてもいいのでは…」と筆者は思うのですが、テレビ的にはそれが面白いということになるのでしょう。バラエティー番組で、ヘルメットにカメラを仕込んだ芸人さんがバンジージャンプを飛び降りるシーンというのは筆者にも見覚えがありますから。
 結果はどうなったかと言いますと、心拍数などの数値データもとって比較がなされたそうなのですが、見事にお坊さんの方が「落ち着いている」ということが証明されたそうです。筆者は番組を観たわけではないのですが、話を聞いているだけで興味がわいてきまして、せっかくの機会?ですから、どうやって平常心を保ったのかうかがってみました。すると「うまく軌道修正することが大事なんだと思いますよ」というお返事。軌道修正?何ですかそれは!バンジージャンプを飛んでから方向を変える工夫をしたんですか?!文字通り「軌道を修正する」という意味で受け取った筆者は驚いて声をあげてしまったのですが、ご住職からは「いえいえ、そうではなくて心のありようの問題ですよ」とのお答え。一体どういうことなのでしょうか。
 「高い所から飛び込むのですから、それは怖いですよ。」修行の成果で高い所も平気になって恐怖心も消え去った、ということではないそうです。恐怖も感じるし、緊張もするとのこと。では一般人と何が違うのでしょうか。筆者がその場に置かれたら、次から次へと頭の中で考えが巡って収拾がつかなくなると思います。「この高さから飛び込む。何もつけていなければ命を落とすことになる。でも丈夫なゴムがついているから大丈夫。でもそのゴムが外れたり切れたりしたら。下には岩場も見える。ぶつかったら命を落とす。でもちゃんと点検しているはずだから。でも点検を怠っていたら。やはり命を落とす。でも死にたくない。だったら飛ぶ必要はない…」ものすごい集中力を発揮しながら「でも、でも、でも」と際限なく思考が空回りを続けることでしょう。そうした思考回路にはまり込まずにうまく抜け出すことはできるのだ!と、ご住職はおっしゃるのです。そしてそれを「軌道修正」と表現されたのでした。
 恐怖や緊張から思考が一点に集中して凝り固まってしまう。そうした精神状態を解きほぐすためには、「集中」の反対である「分散」を使うのだそうです。決まりきった考え(この場合「落ちたら死ぬ」という考え)に集中してしまうと、何を見ても聞いても触っても、「やっぱり命を落とす」ということに結び付けてしまいます。そうではなくて、自分をとりまく環境から様々な情報を受け取った上で、ちゃんと分けて整理すること。自分の外にあるものからの影響をシャットアウトして内にこもって集中するのではなく、ちゃんと見えるもの、聞こえること、触ってわかることなど、それぞれきちんと確認をするのだそうです。
 「初めてバンジージャンプを飛ぶのですから、当然インストラクターの方がついてくれます。まずはその方の話をしっかりと聞くこと。そして周りの景色をよく見ること。命綱のゴムもちゃんと触って確認をすること。一つひとつ立ちどまるように、あえて気持ちを散らすのです。」筆者も納得しました。教え子に対して「集中しろ!」と声をかけることはあっても「気を散らせ!」と言ったことはありませんでしたが、皆さんもマイナス思考の無限ループにはまり込んでしまったら、気を散らして軌道修正を試みてくださいね、とアドバイスさせていただきます。ご住職ありがとうございました!

2018.03.04 理路整然
 「理路整然」

 「理路」とは考え方の筋道のこと。「整然」とは秩序正しく整っている様を表します。この二つの熟語が合わさって、文章や話について「前提から結論までの順序がしっかりと構成されていて、論理的に展開される様」を意味する四字熟語となったのですね。「理路整然と話をする」というのは、私にとって常に心がけていることでもあります。けれども、「それだけではいけない!」ということを、強烈に意識させられた思い出もあります。
 私が大学生の頃、東大の駒場には新進気鋭の政治学者のM先生がいらっしゃいました。ゼミも大人気でしたが、それよりも当時始まったばかりのテレビの討論番組にレギュラーで出演されることとなって話題になっていました。舌鋒鋭く世相を斬ってみせることで評判になり、回を重ねるごとに発言も強気になっていく。そんな様子をリアルタイムでみていたのでした。討論の司会者からも「Mさんは理路整然と話をしてくれるので」と信頼され、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。思い出というのは、今でも忘れることができないその討論番組のワンシーンのことなのです。討論のテーマは「戦後政治の総決算」的な内容だったと思います。中曽根長期政権が終了して政治情勢が不安定化し始めた時期でした。経済的にはバブルに向かう絶頂期だったのです。ではその討論のシーンを再現してみましょうか。太平洋戦争を経験した小説家でもある論者のNさんが、言葉を選びながらゆっくりと話をしていました。イメージを手繰り寄せるように、訥々と。話しながらも、いやそうじゃないな、こうでもないな、と行きつ戻りつしながら、懸命に考えている様子なのでした。その発言の最中、それをさえぎるようにM先生は理路整然と話し始めたのです。「あなたの言っていることは結局こうでしょ」と。取りも直さずと言わんばかりに、Nさんの話を勝手に代弁しはじめたのです。確かに、視聴者として聞いていた私は、「なるほど、そういうことか」と納得するような内容でした。ところが、当のNさんは「違う、そうじゃない!」と怒りをあらわにしたのです。発言を否定されたM先生が言い放った言葉が衝撃でした。「あなたが言えないから、私が代わりに正しく言ってあげているんでしょう!いい言葉で!」
 私が衝撃を受けたのは、この「いい言葉で!」という物言いです。まさしくその「いい言葉」を探し求めることを生業としている小説家に対して、なんという言い種なのか!傲慢にもほどがある、と。文学を志していた当時の私は、この法学部的な「いい言葉」という考え方に強く反発を覚えました。さすがに討論の司会者も「Mさん、あなたは理路整然と話をするが…」と、批判したのでした。それは人間性に問題がある、という意味ですよね。理路整然は大切ですが、それによって失ってはいけない要素もあるということは理解しなくてはならないと胸に刻んだのでした。何十年後かにM先生を都知事選で応援することになるとは夢にも思いませんでしたが。
2018.02.03 挙句の果て
 「挙句の果て」

  「挙句」は「あげく」と読みます。意味は「終わり。しまい。いきついた結果」。「挙句の果て」という言い回しで、「色々やってみた最終的な結果」というニュアンスを表します。「果て」というのも「結末」を意味し、重複させることによって最終的な結果であることを強調しているのですね。「思案した挙句に、変更を決定した」などのように、副詞的な使い方をすることもあります。
 さて、この「挙句」という言葉ですが、元々は何のことであったのかはご存知でしょうか?「句」とあるのですから、ピンとくる方もいらっしゃるでしょう。日本の伝統的な詩歌の形式である、「五・七・五」の長句と「七・七」の短句を思い浮べて下さいね。そして、この長句と短句を交互に連ねてゆくのが「連歌」と呼ばれる文芸のスタイルになります。最初にある人が五・七・五を詠みます。コレだけでも一つの文学作品です。その句を味わいつつも、次にある人が七・七を付け足します。出来上がったのは五・七・五・七・七ですね。短歌ですよ、立派な。この短歌を鑑賞しつつも、さらにある人が五・七・五を付け加えていくのです。そしてさらに次の人が七・七を…と、一体どこまで続けるのか?実に、百句になるまで長句・短句を交互に連ねていくというのが「百韻連歌」(ひゃくいんれんが)と呼ばれる形態なのです。
 複数の人たちが一つの場に寄り合って行うものなので、「座の文芸」と言われたりもします。その場で創作し、そして他人の歌を鑑賞しながら再び創作、これを繰り返しながら共同でひとつの詩を制作していくという、世界でも類を見ない文学のあり方です。連歌の魅力は、その場に参加している多数の人たちが次々と詠み継いでいく楽しさにあります。別人が詠み継いでいくことによって思いがけない発想や変化も生まれ、いわばゲーム感覚で連歌を楽しんでいた様子が伺えます。
 この連歌において、最初に詠まれる「五・七・五」が「発句」(ほっく)であり、そして最後に詠まれる「七・七」が「挙句」なのです。「いきついた結果」を表す言い回しとして、「挙句」という表現が採用されるというのは、きわめて文学的な用法なのであります。
 さて、この「発句」の部分が独立して、「世界一短い文学」と呼ばれるようになったのが、ご存知「俳句」ですね。俳句の成立に文字通り命をかけて取り組んだ人物こそが正岡子規、その人ですね。「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」という句はおなじみでしょう。子規の友人であった文豪夏目漱石の作品『三四郎』の中に、こんな記述がありますよ。「子規は果物が大変好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿を十六食った事がある。それで何ともなかった。自分などは到底子規の真似は出来ない」なんてね。
 俳句を生み出した子規ですが、実はその過程で、連歌を否定しているのです。「文学に非(あら)ず」とまで。連歌は多数の人たちが一つの座につどい、一緒になって創作するという「共同の文学」でしたから、個人主義的で「個性」を絶対視する近代文学の理念と相容れなかったのですね。明治という近代日本に生きた子規の、一途に思いつめる考え方が伝わってくるエピソードだともいえます。