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 「こんなこともあろうかと」

 私にとってお気に入りの「きめ台詞」でもあります。セリフといっても実際に「こんなこともあろうかと!」と、口に出して言うことはないですし、表向きは涼しい顔をしているのですが、心の中では「してやったり!」と、ガッツポーズをつくっているという具合です。ではなぜ「セリフ」と表現したのかと言いますと、子どもの頃に夢中になったテレビのアニメや特撮ヒーロー物の劇中で、登場人物が発する言い回しとして記憶されているからです。巨大な敵に戦いを挑む主人公といったオハナシですから、私が幼稚園児の頃にまでさかのぼると思います。ヒーローが勝って悪役がたおされる、という分かりやすいストーリーですよ。でも、敵もいつも負けてばかりではありません。ヒーローが苦戦して、今回は打ち負かされてしまいそう…テレビを観ている子どもがやきもきするような放送回がたまにはあるのです。そんな場面で活躍するのが、主人公ではないサブキャラクターです。いつものようにはうまくいかない!という非常事態において、普段は表に出てこない、おそらくは地味な活動をしているであろう研究者が、あわてふためく周囲をよそに、冷静に対処してみせるのです。「博士」と呼ばれたりもして、科学者という設定なのでしょう。その科学者の博士が発するのが「こんなこともあろうかと、密かに開発しておきました」というセリフなんですよ!幼い私はこの「ハカセ」にしびれましたね。オトナの視点からすれば、ドラマの展開に合わせて都合よく「秘密兵器」が登場するなんて「ご都合主義だ!」という批判もありえますが、私にとっては毎回活躍する主人公よりも、困ったときにだけ登場する科学者が、憧れの対象となりました。その影響で「ハカセ」を目指して、高校一年生までは京都大学の工学部に進学してロボット工学を研究するつもりでいましたからね(笑)。結局、高校二年生で「文学」に目覚めて、東大の文学部を目指すようになったのですが。
 さて、リアルに「こんなこともあろうかと」と、日本の科学者が「秘密機器」を準備しておいて、世界中を驚かせたのが、小惑星探査機「はやぶさ」の偉業になります。地球から三億キロメートルも離れたところにある直径五百メートルの小惑星に行って、石や砂を持ってかえってくるという、とてつもないミッションでしたね。ある人に言わせるとそれは「1.5km離れた複合ショッピングモールに五歳児をおつかいに出し、モールのどこかにある小麦粉一粒拾って戻ってこい、というレベルだ」とのことです?意味は不明ですが、その困難さのたとえとしては理解できます。実際に「はやぶさ」のミッションは困難の連続でした。その中でも最大のものは、地球への帰還を目前に、想定よりも三年長い航海を支えてきたイオンエンジンが限界に達し、四台すべてのエンジンが停止してしまった時でした。はやぶさが動かなくなってしまい誰もがあきらめかけたとき、宇宙工学者の國中先生は、「こんなこともあろうかと」密かに仕込んでいた回路を使い、各エンジンの中でかろうじて生き残っていた部品どうしを組み合わせて、一つのエンジンとして動かす「クロス運転」を実現したのです!まさにミッション最大のピンチを救う、科学者の面目躍如といったシーンでしたが、決してドラマの「ご都合」で仕込んでいたわけではないのです。科学者として最悪の事態を想定していたからこそ、「こんなこともあろうかと」対処できたのです。
 ロボット工学者の夢は叶わなかった私ですが、それでも「こんなこともあろうかと」常に準備していることがあります。仕事柄、スピーチを依頼されることも多いのですが、最近は「教え子」の結婚式であったり、何らかの授賞式であったりに招かれることも増えてきました。教師冥利につきる嬉しい場面です。こうしたスピーチの依頼というのは、当然、式典に先立ってあらかじめ「お願い」として届くものなのですが、出席の依頼だけでスピーチは特に求められないケースというのもあります。けれども私は、まさかのときのために必ずスピーチを準備していきます。発言の機会がなく式典が終了してしまうことがほとんどなのですが、本当に何十回かに一回、突然「ご指名」がかかりスピーチを求められることがあります。そんなときに、「いやいや、何を話していいのか分かりませんよ」と言わないですむように準備しているのです。周りの人には、ハプニングに対して機転で切り抜けたかのように見えるかもしれませんが、実際には「こんなこともあろうかと」事前に原稿を作って、声に出して読む練習を繰り返してきたことなのです。