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 熊本県人吉市「ポケットに夢がいっぱい条例」

 今回ご紹介するのは熊本県人吉市で制定された条例です。人吉市は熊本県の最南端にある市になります。ですから南西は鹿児島県の伊佐市に接していて、南東は宮崎県のえびの市に接しています。九州山地と国見山地に囲まれた人吉盆地の中に位置していますよ。地図帳で確認してみてください!四方を山々に囲まれている様子がよくわかります。当然、内陸性気候になります。昼夜の寒暖の差が激しく、そのため秋から春にかけて盆地全体がすっぽりと霧に覆われてしまうことも多いのです。山の上から眺めると美しい雲海となります。この雲海のビューポイントとして知られているのがアポロ峠です。アポロとはあの史上初めて人類を月に着陸させることに成功したアメリカの有人宇宙船アポロ11号のことです。その名を冠した峠が、なぜ熊本県の人吉市に存在するかというと、なんでも峠を越える林道を造成するためにブルドーザーが到着したのが奇しくもアポロの月面着陸と同時期だったからだとのこと。当時の盛り上がりが伝わってくるエピソードですね。1969年のことになります。
 地理の知識としては人吉盆地を流れる川が有名ですよね。最上川・富士川とあわせて日本三大急流として名高い球磨川です。ここの川下りはアドベンチャー感覚で楽しいですよ!速い流れを木舟で下るのはスリル満点です。また30センチを超える「尺アユ」が育つことでも知られています。球磨川は九州山地に源を発し、人吉盆地・八代平野を形成して、八代海に出ます。地理の学習で川を覚えるときには「源流がある山」「途中で形成される盆地・平野」「流れ出る海」をセットにして頭に入れると効果的です。残りの三大急流で確認してみましょう。まず山形県を流れる最上川ですが、福島県との境にある吾妻山に源を発し、米沢盆地・山形盆地・新庄盆地・庄内平野を形成して、日本海に出ます。盆地が三つもありますよ!覚え方は「小心者はや~よ!」で河口から戻りましょう。庄(しょう)・新(しん)・山(や)・米(よ)です。江戸時代には舟運を使って、米や紅花といった産物が河口の酒田港へ集積され、そこから北前船による東廻り航路・西廻り航路で、上方や江戸へと運ばれましたよ。「五月雨を集めて早し最上川」と詠んだのは松尾芭蕉ですが、最上川を下り庄内に入った芭蕉は、酒田で生まれて初めて日本海を見たのだそうです。次に長野県・山梨県・静岡県を流れる富士川ですが、赤石山脈の北端に位置する鋸岳に源を発し、甲府盆地を形成して、駿河湾に出ます。河口の扇状三角州によって形成された砂丘海岸が田子ノ浦ですよ。百人一首にも登場しますね。「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」です。歴史では「富士川の戦い」で源平の合戦の舞台となりましたね。『平家物語』には、水鳥の羽音に驚き慌てて逃げ去る平家軍が描かれていますよ。
 さて、球磨川が流れる人吉市の条例です。正式な名称は「子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例」になります。長い名前ですが、何を目的とした条例なのでしょうか?前文で確認してみましょう。
 「人吉をふるさとだと思っていただいているすべての方々に伝えたい。ふるさとはあなたの思い出のとおり、今も青い山々と翠(みどり)なす球磨川のきらめきの中で春夏秋冬を優しく刻んでいます。あの春の日、大きな夢と少しの不安を抱いて旅立った人吉駅のプラットホームは、昔と同じ官製(昭和)の匂いがかすかに残ったまま新生SLを迎え、秋空に響き渡るおくんち祭りの青井さんは国宝になりました。線路の遙か向こうに憧れを追いかけていたあの頃、小さな幸せが子どもたちのポケットからこぼれ落ちそうで、また、悲しみさえも持ち寄り、支え合う場所があったような気がします。今、人吉は笑顔のまちづくりに取り組んでいます。時代が変わっても誠実に生きることが報われるまちであることを目指して。いつまでも人吉の応援団としてお見守りください。」
 「青井さん」という個人名が登場して驚きますが、これは人吉駅近くの青井阿蘇神社のことですからね。さて条例の目的は理解できましたか?ピンとこない?では文章読解のセオリーで、最初と最後をまとめてみましょう。「人吉をふるさとだと思っていただいているすべての方々に」「いつまでも人吉の応援団としてお見守りください」という要約が可能ですね。実はこれ「あの春の日、大きな夢と少しの不安を抱いて」人吉駅から旅立った人たちに向けて「ふるさと納税」を呼びかけている内容なのです。
 子どもの頃から医療や教育といった行政サービスをふるさとの自治体から受けてきたのに、いざ住民税を納める立場になったときには、都会に生活の場を移してしまっているというケースは多いのです。都会の自治体は税収を得ますが、生まれ育った故郷の自治体には税収が入らないという結果を招くことになります。そこで、今は都会に住んでいても、自分を育んでくれた「ふるさと」に、自分の意思で、いくらかでも納税できる制度があってもよいのではないか!という問題提起から生まれたのが「ふるさと納税」制度なのです。「納税」という言葉がついていますが、実際には自治体への「寄附」になります。人吉市の条例は、ふるさと納税の根拠となる地方税法等改正案が国会で成立した平成20年度に、制定・施行されたのでした。
 ふるさと納税に関しては、地方行財政を所管する総務省が「過度な返礼品」を問題視して、制度の見直しを行っていますが、趣旨そのものは尊重されています。令和3年度の「ふるさと納税」による特別区民税の「流出」額は、23区合計で実に約531億円に達する見込みであり、看過できない状況です。特別区議会議長会として総務大臣に直接、改善の申し入れを行ったところですが、大臣からは「ふるさとを思う気持ち、地方を応援する制度であることをご理解いただきたい」との話が出ました。金子総務大臣の出身高校が人吉市にある熊本県立人吉高等学校であるということには、要望書を提出した後に気づいたのでした。