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2022.05.16 ごみ屋敷条例
 東京都足立区「ごみ屋敷条例」

 今回紹介するのは東京都足立区で制定された条例です。足立区は東京23区の最北端に位置していますよ。その先は埼玉県ですからね。南側の隣接区は西から順に、北区・荒川区・墨田区・葛飾区になります。荒川や隅田川をはじめ、中川・綾瀬川・毛長川といった多くの川が区内を流れていますが、そうした川の流れに囲まれている区でもあります。当然、平坦な地形が特徴になります。かつては海辺に面した湿原や荒地だった土地で、「あだち」という名前の由来も、葦が多く生えていて「葦立(あしだち)」と言われたからだという説があります。特に荒川と隅田川にはさまれている千住地区は、海抜0m地帯になっています。海抜0m地帯というのは、満潮時の海水の水面よりも標高が低いエリアのことです。日本においては主に、東京湾や伊勢湾、大阪湾などの海岸付近や河川の周辺に広がっています。お気づきですか?それぞれ京浜工業地帯・中京工業地帯・阪神工業地帯の位置にありますよ。海に面しているため原料や製品の輸送にも便利ですよね。そして広い平地は工業用地としてもふさわしいわけですから。埋立てがさらに進み、高度経済成長期には、こうした臨海部に工業地帯が発展していったのでした。
交通の便もよく、人口も集中している海抜0m地帯ですが、災害リスクがともないます。洪水や高潮、地震による津波などの被害が大きくなるおそれがあるのです。ですから住民の皆さんは、浸水した時に想定される水深を知っておかなくてはなりません。どこに逃げると大丈夫なのかを確認するのです。そのために自治体はハザードマップ(災害被害の想定範囲などを示した地図)を作成しています。
 「ここにいてはダメです」と表紙に書かれた水害ハザードマップを作成した江戸川区が話題になりました。荒川と江戸川が氾濫すると区内のほぼ全域が浸水するという最悪の想定が示され、被害の発生前に区の外に避難をするよう区民に求めたのです。戸惑いの声があがる一方で、被害の大きさを率直に伝える内容を評価する声も多くありました。
 さて足立区の千住地区ですが、発展の歴史は江戸時代にさかのぼります。奥州道中・日光道中の宿場町が千住だったからですね。江戸四宿はご存知ですよね?東海道の品川宿、中山道の板橋宿、甲州道中の内藤新宿、そして千住宿の四つです。五街道の各々について、起点となる日本橋から「最も近い宿場町」にあたります。江戸の出入り口として重要な役割を担ってきたのです。ちなみに松尾芭蕉が『奥の細道』の旅をスタートさせた地点が千住です。庵のあった深川から船に乗って隅田川を北上し、千住で船を降りて旅の始まりの句を詠んだとされています。「行春(ゆくはる)や 鳥啼(なき) 魚の目は泪(なみだ)」ですよね。ところがこの「千住」が、現在の北千住にあたるのか南千住にあたるのか、隅田川のどちら岸に芭蕉が降り立ったのかという記録が残っていないのです。ですから、現在でも、芭蕉が『奥の細道』の旅を始めた地点をめぐって、北千住の足立区と南千住の荒川区の間で、熱いバトルが繰り広げられています。どちらもゆずらないのです。
 そんな足立区ですが、平成20年から進めている運動があります。「美しいまち」を印象づけることで犯罪を抑止するという独自の取り組み「ビューティフル・ウィンドウズ運動」です。なぜ「ウインドウズ(窓)」なのかといいますと、「割れ窓理論」に基づいているからです。「1枚の割れたガラスを放置すると、いずれ街全体が荒れて、犯罪が増加してしまう」というアメリカの犯罪学者の理論です。逆に、公園や地域の清掃活動、落書きの消去作業などによって、身のまわりの小さな乱れにいち早く対応すれば、将来発生するかもしれない犯罪を未然に防ぐ効果があるとも考えられています。ニューヨーク市で実践されて大きな成果をあげたことで有名になりました。足立区が、このビューティフル・ウィンドウズ運動の一環として取り組んだのが、家の中や外にもごみを積み上げてそのままにしている「ごみ屋敷」への対策事業なのです。近隣住民に悪影響を及ぼしているごみ屋敷問題の解決に向けて「足立区生活環境の保全に関する条例」が施行されたのは、平成25年の1月のことでした。適正に管理されていない(ごみを放置している)土地や建物の所有者に対して調査を行ったり、近隣に被害を及ぼしている場合には指導や勧告、命令、行政代執行(国や自治体などの行政機関の命令に従わない人に対し、その本人に代わって行政機関側が強制的に撤去や排除をすること)まで行えることにするとともに、本人による問題解消が困難な場合には積極的に支援を行うことも規定しているのがこの条例の特徴です。
 「ごみを片付けることだけに重点を置くのではなく、相手の悩みに向き合って状況を十分理解した上で、寄りそった解決を図っていくことが何よりも大事だと感じています」とおっしゃるのは、足立区の生活環境調整担当課長さんです。「ごみを溜め込んだり、放置している人は、生活困窮やセルフネグレクト(日常生活を営もうとする意欲や生活能力を喪失し、自己の安全や健康が脅かされる状態となること)、孤立などの問題を抱えている場合が少なくありません。その原因を考えて、医療・福祉・介護・生活支援などの必要な機関やサービスにつないで生活再建にかかわっていく必要もあります。<お節介行政>といわれるところまで立ち入らないと前に進んでいきません」と、説明してくださいました。単にごみを片付けるだけでなく、その背景や原因なども踏まえて、福祉や医療、生活支援などの部署とも連携して解決に取り組んでいるのですね。この取り組みは「足立区モデル」と呼ばれ、全国の自治体が参考にしていますよ。