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 和歌山県太地町「くじらの博物館条例」

 今回紹介するのは和歌山県太地町で制定されている条例です。太地町は紀伊半島の南東部に位置していて熊野灘に面した漁港のまちです。海岸線はリアス式であり「天然の良港」として古くから発展してきました。漁業、特に捕鯨がさかんであることで全国的に、いや世界的に知られていますよ。日本の古式捕鯨発祥の地であると言われています。町の全域が海と那智勝浦町に囲まれていて、面積としては和歌山県で一番小さな自治体なのです。
 太地町は「くじらの町」を宣言し、町章にはクジラがデザインされています。「町章って何ですか?」という質問があるかもしれませんね。全国の自治体にはそれぞれ特徴を表現したシンボルマークがあるのです。入試問題でも取り上げられることがありますので、都道府県レベルのものは確認しておきましょうね。埼玉県の県章はカッコいいと評判ですよ。埼玉県名の由来となる幸魂(さきみたま)の「魂」は「玉」でもあり、古代人が装飾品としても身につけた勾玉(まがたま)を意味します。ですから、この勾玉を円形に16個配置した太陽を思わせるデザインが埼玉県の県章になっているのですね。閑話休題、くじらの町という話でした。太地町ではマスコットキャラクターもゴンドウクジラという徹底ぶりなのですよ。そんな太地町が、捕鯨400年の歴史と技術を後世に伝えることを目的に1969年(昭和44年)に開館したのが「くじらの博物館」なのです。江戸時代の文献にも捕鯨業で財をなした太地の鯨組主のことが描かれていますからね。400年はだてじゃありませんよ。井原西鶴の浮世草子『日本永代蔵』の中のお話なのです。クジラ突きの名人が登場し、銛で突いてしとめたクジラが「三十三尋二尺六寸」といいますから約60mという前代未聞の大きさであったと書かれています。「憂き世から浮世へ」と評される元禄文化を代表する文人としては、この井原西鶴の他にも、俳諧の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門は覚えておきましょうね。
 さて世界一のスケールを誇るくじらの博物館なのですが、建物には大きなクジラの絵が描かれていて、クジラの生態や捕鯨に関する学習・教育資料など1000点に及ぶ貴重なものが展示されています。そしてこの太地町立くじらの博物館の施設運営を規定しているのが、今回取り上げました太地町立くじらの博物館条例になるのです。
 ここでもう一度、条例について確認をしておきましょう。日本には大きく分けて、法律と条例という二段階のルールが存在すると考えることができます。法律とは「唯一の立法機関」である国会によって決められたルールであり、条例は地方議会によって決められたルールです。でも「唯一の」とあるように、ルールは国会でしか決められないのではないでしょうか?では地方自治体が条例を制定できるのはなぜでしょう。その理由は憲法と地方自治法に求めることができます。憲法94条によれば、「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」とされています。ただしこの規定だけではその範囲が不明確なので、地方自治法14条1項において、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し、条例を制定することができる」と定められているのです。
 「法律の範囲内で」とありますね。では太地町立くじらの博物館条例の根拠法はなんでしょうか。それは博物館法になります。「社会教育法の精神に基き、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育、学術及び文化の発展に寄与すること」を目的とする法律です。この法律に従って博物館を運営するのですが、たとえば入館料をいくらにするのか法律に書かれているわけではありません。そのため地方自治体の事情に合わせてそれぞれが細かな規定をもりこんで策定するのが条例になるのですね。
 さて2019年の7月1日、日本は31年ぶりに商業捕鯨を再開させました。それに先立ち、日本がクジラの国際的な管理を行うIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を発表したのが2018年の暮れになります。商業捕鯨の再開にあたっては、日本の領海及び排他的経済水域に限定し、南極海・南半球では捕獲を行わないことを決め、鯨類の資源に悪影響を与えないようIWCで採択された方式により算出される捕獲枠の範囲内で行うこととしています。
 日本が商業捕鯨再開にこだわった理由の一つに「クジラは保護すべき動物で、食べるのは野蛮だ」とする欧米的な価値観への反発があります。太地町でも日本の捕鯨文化を批判してきた反捕鯨団体が様々な抗議行動をおこしてきたという経緯があるのです。それでも、そうした欧米的な考え方を受け入れてしまえば、マグロなどほかの水産資源利用にも影響が出ることになってしまう。そんな危機感が水産庁をはじめ日本政府にはあったのでしょう。「資源が豊富であれば、科学的根拠に基づき持続的に利用するのは、海に囲まれた日本の大原則だ」というのが政府の考えになります。
 脱退したとはいえ、国際的な海洋生物資源の管理に協力していくという日本の考えは変わりません。IWCにオブザーバーとして参加するなど、国際機関と連携しながら、科学的知見に基づく鯨類の資源管理に貢献する準備があることを主張しています。日本としては、科学的根拠に基づき水産資源を持続的に利用するという考え方が各国に共有され、次の世代に継承されていくことを期待しているのですね。