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2022.10.06 マナー条例
 神奈川県鎌倉市「マナー条例」

 今回紹介するのは神奈川県鎌倉市で制定された条例です。鎌倉といえば「古都鎌倉」と呼ばれていますよね。神奈川県のホームページでも「古都・鎌倉をあるく!」と題して、JR鎌倉駅からの散歩コースがお勧めされています。「古都・鎌倉の神社・寺院と寺院跡や切通(きりどおし)などを歩いて辿(たど)ってみるのはいかがでしょうか」と案内が表示されていますよ。面白いのは、その画面上にウォーキングをしているイラストとともに「いざ、かまくら!」の文字が添えられていることです。「さあ、鎌倉に観光に行こう!」というニュアンスですが、もちろん皆さんは「いざ鎌倉」の本当の意味をご存知ですよね。将軍と御家人の関係図式を思い出しましょう。将軍は御家人の土地を領地として認めます。新たに土地を与える場合もあります。これが「御恩(ごおん)」でしたね。ひとたび戦乱がおこると、誰かに土地を奪われてしまうかもしれないという時代に、武士のトップである将軍に「お墨付き」をもらうことはとても重要なことなのでした。この「御恩」があるので、御家人は将軍のために働きます。将軍のいる鎌倉が敵に攻められたときには、警護のために駆けつけなくてはなりません。これが「奉公(ほうこう)」でしたね。「いざ鎌倉」というのは、奉公の内容を示したものになるのです。ことわざとしての「いざ鎌倉」については、重大な局面をむかえた時に気を引き締めるつもりで「さあ、一大事だ。気合を入れるぞ!」と自ら鼓舞するように使います。けれども確かに最近はあまり耳にしなくなってしまいましたね。時代によってことわざの受け取り方もかわることがありますが、「鎌倉に旅行に行こう」という意味で理解されはじめているという気もしますよね。
 征夷大将軍という言葉の意味は「蝦夷征伐の遠征軍の総司令官」になります。律令には明記のない臨時の官職にあたり、軍事指揮権を天皇から委任された全権大使というあつかいです。坂上田村麻呂が最初に任命されましたね。京都から離れて軍務に就くわけですから、遠征先では天皇や貴族の承認なしに独断ですべての決定を下すことになります。軍務というのは、資金調達から、現場での裁判から、占領地での軍政など、様々な領域にわたります。それらを全て、遠征先の陣中にいる将軍が幕を張った中で処理することになるのです。役所が建設されているわけではありませんからね。陣中の将軍がいる場所を「幕府」と呼ぶのです。鎌倉幕府というは、日本で初めて成立した本格的な武家政権です。征夷大将軍として「常に軍務に就いている」ということを示す言葉が幕府になるわけです。現在の鎌倉市に幕府がおかれていた約150年間を鎌倉時代といいますよ。
 鎌倉市は歴史的な建造物とその背後の自然景観が一体となった特色ある風土を形成しています。ところがかつてこの歴史的景観が失われそうになる危機がありました。日本が高度経済成長期を迎えた昭和30年代、急激な都市発展と人口増に伴い全国的に宅地開発が進みました。鎌倉も例外ではなく、その開発の様子は「昭和の鎌倉攻め」と形容されたほどです。鎌倉を象徴する鶴岡八幡宮の裏山にも宅地開発の計画が持ち上がりました。「開発から鎌倉の歴史的景観を守りたい!」と、鎌倉市も市民と一緒になって運動を展開しました。なんと資金を出し合って土地の一部を買い取ったのです。この方法はナショナル・トラストと呼ばれるもので、イギリスが発祥の運動です。19世紀のイギリスでは、産業革命とともに急速に自然が失われていく中で、市民が自分たちのお金で身近な自然や歴史的な環境を買い取って守り、次の世代に残すという運動がおこったのです。日本で最初のナショナル・トラストとなったのが、この鎌倉での運動でした。そしてこのことを契機に、日本全国の古都の美しい歴史的景観を守ろうという気運が高まり、「古都保存法」という法律も生まれましたよ。ちなみに古都ではありませんが、東京と埼玉の境に連なる狭山丘陵は首都圏では貴重な広がりを持つ自然です。アニメーション映画『となりのトトロ』の舞台となったことでも知られていますよね。「トトロの森を守ろう」というキャッチフレーズで広く募金を募ってナショナル・トラストを成功させた場所でもあるのです。
 さて鎌倉市の「マナー条例」です。鎌倉には年間約二千万人もの観光客が訪れます。国内のみならず海外からも多くの観光客を集めています。外国人が日本にやってくる旅行のことをインバウンドといいますが、鎌倉には特にこのインバウンドに人気の「踏切」があります。アニメが海外でも放送されて人気となった漫画『スラムダンク』の「聖地(物語の舞台となった場所)」なのです。電車が来ると踏切付近に駆け寄ってカメラやスマホのシャッターを切ります。国道134号線に通じる踏切は交通量も多く、鎌倉市役所には「観光客が車道に飛び出して、青信号でも車が前に進めない」などの苦情が寄せられているといいます。「観光公害」という言葉があります。観光地に観光客が押し寄せすぎて、地域住民とのトラブルが発生する問題です。オーバーツーリズムとも言われています。人混みや交通渋滞、騒音やゴミの問題など様々です。こうしたことも背景にあり、鎌倉市では平成31年(2019年)4月1日に、公共の場所におけるマナーの向上による良好な環境の保全及び快適な生活環境を保持することを目的として「鎌倉市公共の場所におけるマナーの向上に関する条例」を施行しました。誰もが「住んでよかった、訪れてよかった」と思える成熟した観光都市の実現を目指して制定された条例です。一部の報道で、あたかも迷惑行為を禁止する条例であるかのように扱われたこともあり、鎌倉市は「未だに誤って認識をされていることが多くあります」といいます。条例の目的は、行為の規制ではなく、まずは迷惑行為を規定し、誰もが気持ち良く過ごすことができる場所であるために、マナーを呼びかけることで意識啓発を図ることなのですよ。