fc2ブログ
2023.12.29 一掬の水
 「一掬の水」

 「一掬の水を注いでやってはくれまいか」。私にとっての「恩師」、大先生からの言葉でした。あるチャレンジをする人物を応援してやってほしい、という依頼だったのです。ところが、私にもこれまで築いてきた人間関係がありまして、「あちら立てればこちらが立たぬ」という状況だといえました。それでも「応援します」と返事をしたのは、この「一掬の水」という言い回しに、心を動かされたからでもあるのです。
 「一掬」は「いっきく」と読みます。「掬」という漢字は、「訓読み」をすれば、イメージがわくでしょう。「一掬(ひとすく)い」になります。「水などを両手ですくうこと」を意味します。その「ひとすくい」の量から、「わずかなこと」を表してもいます。ですから「一掬の水を注いでやって」という依頼からは、「ほんの少しでもよいので、力を貸してやってくれないか」という願いが伝わってきたのでした。
 「一掬の涙」という表現があります。こちらも「雀の涙」や「蚊の涙」という言い回しと同じように「ごくわずかなもののたとえ」という意味合いで使われることもありますが、文字通り「両手ですくうほどの涙」ということであれば、それは「たくさんの涙」を流すということにもなるのです。ですから「一掬の涙を惜しまなかった」といった小説の中の表現には注意が必要です。人目をはばからず泣き続けている様子を表していますからね。
 「掬水月在手」という言葉も覚えておきたいです。漢文ですので日本語の書き下し文に直してみますと「水を掬すれば月手に在り」(みずをきくすれば、つきてにあり)になります。唐の時代の詩人である于良史(うりょうし)の詩「春山夜月(しゅんざんやげつ)」に出てくるフレーズです。「ふと、水鉢の水を両手で掬ってみれば、掌の中に月が映っているではないか」という場面をえがいたものですね。なんとも風流で、茶道の掛軸としてもよく掛けられている言葉なんですよ。