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「贔屓の引き倒し」

 贔屓(ひいき)というのは「自分の気に入っている人やチームなどを、特に力を入れて応援すること」を意味する熟語です。贔屓の引き倒しというのは「ひいきしすぎて、かえってその人に迷惑をかけること」という意味の慣用表現ですが、「贔屓の引き倒しになってはいけない」という否定表現で使われることがほとんどです。このセリフが効果的に使われたのが夏目漱石の小説『三四郎』ですね。
 『三四郎』が描かれた背景は明治時代の後半、日本が日露戦争に勝利して「一等国になった!」と浮かれていた時代でした。主人公の三四郎君も「日本もだんだんと発展する」と、青雲の志を抱きつつ汽車に乗り込んで熊本から東京に向かっていたのでした。その時たまたま一緒に乗り合わせた「髭の男」にこう告げられたのです。日本は「滅びるね」と。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」と。
 三四郎君は衝撃を受けました。「熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる」と、驚きを隠せませんでした。もしかしたら年の若い自分をからかって、そんなことを言っているのではないか?とも考えました。でも、髭の男の態度はどこまでも落ち着いて見えます。三四郎君はどうにも理解できず、相手になるのをやめて黙ってしまいました。すると男は続けてこう言うのでした。以下少し引用してみますね。
 「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯であったと悟った。
 三四郎君と髭の男(広田先生)との出会いを描いた、極めて印象的な場面ですね。その後の日本の歴史を知っている皆さんには、広田先生のこの言葉がまるで予言のように聞こえるのではないでしょうか。小説『三四郎』が書かれてから100年以上が経過していますが、今なおこの広田先生の言葉は生きていると思いますよ。三四郎君はこの言葉によって、自分の頭で考えないことを、卑怯な振る舞いにあたると悟ったのでした。変えることのできないものだと勝手に思い込んでしまっていること、周りがみんなそう思っているという常識こそ、疑ってかかるべきだということ。さらにその上で、変えてはいけないことを自分自身で発見しなくてはならないということ。変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵こそ「頭の中」に秘められた可能性なのですね。
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