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2019.01.22 エピソード
 「エピソード」

 教え子君から緊急の相談を受けました。「中学生になって成長したこと」というテーマで一分間スピーチを行うことになった、というのです。なんでもLHRの時間を利用して、クラス全員が話をするのだとか。それもスピーチを聴いているときには、発表者がどんなことを伝えたかったのかをまとめておかなくてはならないそうで。話すことも大変ですが、クラス全員分のスピーチを記録することも大変です。話し方・聞き方を身につけるにはいい機会になると思い、教え子君と一緒に考えました。学習指導要領的には、このような取り組みを通して、段取り力、情報収集、情報編集、情報発信力を育もう、という意図なのでしょうが、あまり欲張りすぎると「一分間」という短い時間のしばりが厳しくて「虻蜂とらず」ということにもなりかねません。心がけるべき点は一つにしぼることをアドバイスしました。そのポイントというのが今回取り上げた「エピソード」なのです。話す際にも、聞く際にも、エピソードを中心にすえることです。
 「エピソード」(episode)を辞書で調べると、主に二つの意味があることがわかります。一つ目は「本筋とは関係のない、短くて興味深い話」という意味、二つ目は「ある人物についての、あまり知られていない興味深い話」という意味です。一つ目は「挿話(そうわ)」という熟語で表現されます。小説や劇などで本筋の間にはさむ、本筋とは直接関係のない、短くて興味ある話ですね。二つ目は「逸話(いつわ)」という熟語で表現されます。ある人について、あまり知られていない興味ある話ですね。
 一分間スピーチには「中学生になって成長したこと」というテーマが設定されていますので、「挿話」を展開してこのテーマとは関係ない面白い話をしたとしても、一分間はそれだけで終わってしまいます。「それって成長と関係あるの?」という指摘を受けてしまうでしょうから、ここでは「逸話」を展開することになりますよね。自分が成長したということについて、みんなが知らない一面を話すということです。ところがそんなテーマにこだわってしまうと、肝心のエピソードが出てこない!という心配がこみあげてきませんか。「何かとてつもなく面白い、これは成長したな!と実感できるような、みんなが知らないエピソード」はないだろうか?と考え始めると、変なプレッシャーを感じてしまい、かえって記憶が呼び起こされないのです。そんなときにはテーマとの関わりをいったん忘れて、自分の記憶に残った出来事を思い起こすことを心がけましょう。むしろ「それって成長と言えるの?」という指摘を受けるくらいの「関係なさ」が面白いのだ!と心得ましょう。何も気にせずに、中学校生活で心に残ったことを、気の向くままに思い出すこと。これが重要なのです。リラックスしてそのときの気持ちを再現しましょう。心に残ったことには必ず感情がともなっているはずですから。
 記憶のメカニズムを研究する心理学には「エピソード記憶」という言葉があります。「個人が経験した出来事に関する記憶」のことで、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当します。特に覚えておこうと意識しなくても、自然に覚えているのがこの記憶の特徴になります。逆に「覚えようと意識して覚える知識」もありますよね。体験ではなく学習によって得られる記憶のことです。これは「意味記憶」と呼ばれます。繰り返し学習することによって身につける知識の記憶ですね。「記憶力がほしい!」というときの記憶力とは、テスト勉強で教科書の内容を完璧に暗記するといったこの意味記憶ですよね。何度も繰り返し頭に叩き込む必要があるのが特徴です。
 それに対してエピソード記憶は「一回限り」の学習機構であると考えられています。たった一度の経験を覚えているわけですから、考えてみればすごい能力ですよね。ちなみに田中が小・中学校時代の同級生と再会して昔話に花を咲かせたときには、必ず「そんなことをよく覚えているな!」と感心されます。「何か予習でもしてきたのか?」とからかわれるくらいです。もちろん予習しようにも教材があるわけではありませんからね。自分でも驚くほど当時の記憶がよみがえるのです。けれども私は決して抜群の記憶力を小・中学校時代に誇っていたわけではありません。漢字や英単語を覚えることにさえ四苦八苦していましたからね。意味記憶に関しては人並みがいいところでした。それでも東大に合格できたのは、このエピソード記憶に秘密があるのではないかと思っています。
 エピソード記憶は、何を経験したのかという内容だけではなく、その出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境や自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることに特徴があります。私が思い出す小・中学校時代のエピソードも、そのときの教室の様子や同級生の表情が、自分の感情とともによみがえってくるのです。ですから私にとっては「記憶とは感情がともなうもの」という認識があります。逆に「感情がともなわなければ記憶に定着しない」とも言えると思っています。
 一分間スピーチの肝は、この「感情」だと考えました。どんな感情に結びついたエピソードを語るのかがポイントだと。また話を聞く際も、話し手がどんな感情にもとづいて語っているのかを理解することが必要です。「成長したこと」という内容を考えるよりも、その際に自分が感じた「喜び」や「怒り」や「哀しみ」や「楽しみ」といった感情を伝えようとすることが重要になるのです。喜怒哀楽をどのように伝えるか、ということですね。

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