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 千葉県松戸市「コロナ緊急人権宣言」

 「宣言シリーズ」が続きますが、「連続」は今回がラストです。紹介するのは千葉県松戸市で「緊急に」発せられた宣言になります。松戸市は千葉県の北西部に位置する人口約50万人の市です。東京都とは江戸川をはさんで、葛飾区とほんの少しだけ江戸川区に接していますよ。地図帳で確認すると、松戸市のほぼ中心部を国道6号線がJR常磐線と並びながら縦断していることがわかります。この国道6号線の地元での呼び名が水戸街道です。水戸街道は江戸時代に定められた幹線道路で、五街道に準ずる脇街道の一つになります。千住宿を基点に、松戸宿、取手宿、土浦宿など十九の宿場を経て、水戸に至る約116㎞の行程です。当時は二泊三日で歩いていました。松戸市は水戸街道の宿場町である松戸宿として栄えたという歴史があるのです。なぜ江戸と水戸を結ぶ街道が重視されたのかというと、徳川御三家の一つである水戸徳川家の存在があります。将軍の補佐役と目され、水戸藩主は江戸に生活の本拠を置いていました。参勤交代も求められなかったのです。まれに藩主が国許である水戸に下るときの行列は盛大となり、幕府の役人であろうと土下座して送り迎えしたと伝えられています。時代劇の中で「下に、下に」の掛け声で知られるあのシーンですよ。ただの大名行列では使われない掛け声なのです。「水戸の副将軍」「天下の副将軍」といった言い回しも、現代の時代劇の中だけではなく、江戸時代から講釈師(明治時代からは講談師と呼ばれるようになります)が使っていたそうです。もちろん副将軍という役職は正式にはありませんよ。
 もう一つ、社会の学習で忘れてはいけない松戸市に関するエピソードがあります。それは「二十世紀梨」発見の地であるということです。現在その場所は「二十世紀が丘梨元町」と名づけられ、記念碑や鳥取県から贈られた感謝の碑が立っています。明治21年(1888年)に発見された新種の梨は「これからやってくる二十世紀を代表する品種になる」との思いから「二十世紀梨」と命名されたのでした。鳥取県から感謝されていることからも分かるように、かつては「梨といえば二十世紀梨」で、その生産量の多い鳥取県が梨の生産量日本一を誇っていたのでした…平成の半ばの頃までは。その後、甘みの強い梨の品種である「幸水」や「豊水」の人気が高まり、現在では梨の県別出荷量ランキングは入れ替わっています。栄えある一位は現在千葉県が獲得していますが、むしろ皆さんにとっては「梨の妖精ふなっしー」の宣伝のおかげで、「千葉県が一位」であることの方が知識として定着しているのかもしれませんね。
 そんな千葉県の松戸市で、2020年の8月1日に出されたのが「コロナ緊急人権宣言」です。正式には「新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う人権尊重緊急宣言」になります。当時の夏休みの頃の状況を思い出してみましょう。国の緊急事態宣言は解除されたものの、感染者数は都市部を中心に再び増加に転じ、依然として予断を許さない状況となっていました。新型コロナウイルス感染症への対応が長期化する中、感染された方やその家族に対して、また、感染リスクにさらされながら人々の健康を守るために最前線で懸命に闘っている医療・介護関係者をはじめとする、社会生活を支えるために日々奮闘している多くの関係者(=エッセンシャルワーカー)やその家族に対して、心無い差別的な発言や偏見に基づくいじめ等が大きな社会問題となっていました。目に見えないウイルスへの不安から、その矛先が目の前にいる人間に向かってしまったのです。感染のリスクは誰にだってあるにもかかわらずです。松戸市では人権尊重と正しい情報と知識に基づいた行動をとることの大切さを、市民にうったえたのでした。
 人権は、いかなる場合でも尊重されるべき基本的な権利であり、日本国憲法の三大原則の一つです。誰もが生まれながらにして持っている、人間の尊厳に基づく固有の権利で、自分も、自分以外の人も、すべての人が「人間らしく、自分らしく生きる」ために必要なものです。偏見や思い込みに起因する差別は、この人権にするどく対立するものです。日本では、法務省などが中心となって差別解消に向けた取組を行っています。世界では、国際連合が人権教育の推進を呼びかけています。「世界人権宣言」はご存知でしょうか。「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である」。この有名な文言から始まる世界人権宣言が国連で採択されたのは、1948年12月10日になります。人類が20世紀に二度の世界大戦を経験して、多くの尊い生命を奪い、悲劇と破壊をもたらしたことへの反省から、平和と人権の尊重を推進するために採択されたものです。国連はこの日を「人権デー」と定め、人権尊重を世界にうったえています。日本でも毎年12月4日から10日の一週間を「人権週間」として、全国各地でさまざまな啓発事業を実施していますよ。
 歴史上、感染症は人類が繰り返し直面してきた大きな脅威です。日本も例外ではありません。奈良の大仏を建立した聖武天皇の天平時代は、天然痘の大流行期でもありました。大宝律令の編纂に携わった藤原不比等の四人の息子たちが、そろって病死したのもこの時期です。聖武天皇は疫病を鎮める目的もあって大仏を建立しました。そうした伝統を現代にも引き継ぐ東大寺では、新型コロナウイルス早期終息と罹患した方々の早期回復、感染により亡くなられた方々の追福菩提のために祈りを捧げ続けていましたよ。ようやく「感染症の終息」のめどがたってきましたが、感染症に関する「差別・偏見やいじめ等のない」世の中にむけては、これからも目指していかなければなりませんね。
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