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2023.07.07 飽和状態
 「飽和状態」

 「日本が経済成長を望んだところで、もはや成長期も終えた段階ですよ。すでに消費者のニーズもサチっちゃってますから、大幅な回復なんてあまり考えられないと思いますが…」と言うのは、かつての教え子君です。現在、東京大学の博士課程に在籍していて、将来は政府系のシンクタンク(政策立案・提言などを行う研究機関)に勤務したいという希望を抱いている青年です。「そこを何とか考えるのが、君の仕事になるんだろうが!」と、小学生の頃から知っているよしみで、私も遠慮せずに話をします。教え子がこうして今でも訪ねてきて、話を聞かせてくれるというのは、本当に教師冥利につきます。「最近の若者の傾向」を知るという意味でも、私にとって有益かつ貴重な時間となっています。
 今回の会話の中で「今の20代は、こんな言葉の使い方をするのか」と驚いたのが、この「サチる」という言い回しなのです。「サチる」は「saturation(サチュレーション)」という英語に由来します。その意味は「飽和状態」ということであり、そして「サチる」という用法で「飽和状態になる」ことを表しています。飽和状態というのは「これ以上の余地がないほどに、いっぱいの状態であること」を意味しています。理科の実験を思い出してください。水に食塩を「もうこれ以上溶かすことができない」ところまで溶かしたものを「飽和食塩水」と呼ぶのでしたね。濃度が物理的に限界を迎えた状態です。でも、デジタルネイティブ世代である20代が、理科実験から「サチる」という言葉を使うようになったわけではないでしょう。ネットワークで「サチる」というと、通信するための帯域がいっぱいになったり、データの処理が限界に達してしまったりして、「それ以上速度が出ない」という状態を指すのだそうです。ここから「数値が上限となり、これ以上増やせない」状況全般を「サチる」と言い表すようになったようです。
 また、皆さんはこのカタカナの「サチュレーション」を、最近見聞きしませんでしたか?そう「血液中に溶け込んでいる酸素の量」である「血中酸素飽和度」のことを意味していて、「サチュレーションが低下した危険な状態」といった用法で、ニュースでも取り上げられていましたよね。新型コロナウイルス感染症患者の病状を判断する目安として、用いられているものです。指先に装着して血中酸素飽和度を測定できるパルスオキシメーターという機器も注目されましたよね。患者の重症化をいち早く察知することができるからです。
 さて、教え子君が語ってくれた日本経済についてです。例えば、現在日本における自動車の普及率は、一世帯あたり一台を超えています。車を必要とする家族のほぼ全てが、自動車を所有している状態であるといえます。ですから、車を買い替えるといった需要はあったとしても、車がどんどん売れて台数が大きく増えるということは考えにくく、「自動車の飽和」を迎えているのが現状なのです。同様に、日本ではほとんどのモノが飽和しており、もはや量的拡大では経済は成長しない、というのが話の流れになります。
 ここで「経済」を「学習」に置き換えて、少し考えてみたいと思います。経済と同様に学習も、右肩上がりに成長を続けることが理想ではありますが、「学習曲線」と呼ばれる「練習量」と「理解度(習熟度)」の関係を思い出してみて下さい。学習を開始したばかりの「準備期」には、覚えることがたくさんあって、学習はどんどん進みます。そしてこの「準備期」を経ることで、学習者の「知識の受け皿」が広がり、次から次へと吸収することができているという実感がともなう「発展期」を迎えることになります。周りからも「成長しているね」と見られるのは、この時期にあたるのですね。ところが、「学習曲線」はここからあたかも停滞しているように見える「高原期(グラフが平らになる時期)」を迎えることになります。「これ以上知識を増やせない」と感じてしまう「飽和状態」に陥るのですね。ですがこの「サチった」状態こそ、新たな発展期を迎えるための準備期間として極めて重要になるのです。学習者にとっては、頭打ちのようで伸びを実感しにくくなるのですが、この時期にこそ、「量的」拡大から「質的」理解へと進化する大きな転換が行われているのです。本当の意味での「成果」は、このタイミングで獲得されるのだと言えるでしょう。そして理解の質が高まれば、飽和状態だと思われた知識も、さらに発展的に受容できるようになり、「成長する」スピードまで次第に速くなっていきます。学習曲線では「発展期」というステージを、周期を重ねるように何度も経験していくものなのですよ。
 「なるほど。量的な拡大を成長と捉えるだけでなく、質的な豊かさの拡充を成長と見なすのですね。」そうですよ、教え子君。「サチってからが勝負!」という理解で、日本経済の立て直しに向けた新たなビジョンの作成に力を注いで下さいね。
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