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成人の日を迎えられた皆さん、おめでとうございます。
文京区議会議長の田中としかねです。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、様々に制限された生活を余儀なくされてきましたよね。
しかしながら、その期間は、人と人とが、集まり・話し合い・触れ合うといった、日常的な行いというものが、どれほどの大きな、そしてかけがえのない意味を持っていたのかということを、胸に刻みつける日々であったともいえます。
人間は社会的な生き物です。誰かと一緒にいるだけで、満たされることがあります。それは、自分は一人ではないという感情が生まれるからなのです。
皆さんも、ひとりじゃないから、ここまでくることができました。子どものころ、ここふるさと文京区で、過ごした日々を思い出してください。遊んで、笑って、泣いて、けんかして、どれもひとりじゃないからできたことですよね。
大人になった皆さんを、これからずっと支えてくれるのは、こうした子ども時代の皆さんたち自身の体験なんだと思います。これまでも、そしてこれからも、決してひとりぼっちではありません。ふるさと文京は、いつまでも皆さんを応援しています
今日という日を節目に、大人として、社会に歩み出していく皆さんに、幸多かれとの願いを込めて、お祝いの言葉としたいと思います。
本日はまことに、おめでとうございます。
 令和4年の年頭にあたり、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。日頃より区議会の活動に対し、深いご理解と温かいご協力を賜り、心より感謝申し上げます。
 新型コロナウイルス感染症の感染拡大から2年が経過しました。
 この間、集団接種会場の運営をはじめ、区民の皆さまの生活支援事業や厳しい経営環境にある事業者の皆さまへの支援など、新型コロナウイルス感染症対策に必要な文京区の補正予算案を審議、可決し、時機を逸することなく文京区としての意思決定を行ってまいりました。
 区議会の強みは、区民の皆さまの信託を受けた、34名という多数の議員によって構成されていることにあると思います。それぞれが得意とする専門的な知識を持ち、様々な立場を代表して、意見を表明することになります。そして、その多角的な視点をもとに、議論を重ねることで、議会としての意見を練り上げてまいります。コロナ禍におきましても、経済対策をはじめ、医療、高齢者・福祉、子育て・教育等あらゆる分野への支援を、区に提言してきました。今後も、感染拡大防止と社会経済活動の両立や区民生活の安心・安全の確保など、ウイズコロナ社会において、区民の皆さまの期待にしっかりと応えてまいりたいと思います。
 私たち区議会は、区民の皆様お一人おひとりの幸せを願い、「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて、多くの声に耳を傾け、鋭意議論を重ねてまいります。
 何とぞ、ご支援・ご協力をお願いいたします。
 結びに、今年一年が、喜びにあふれる年になりますことを祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。
 本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 文京区議会 議長 田中としかね
 静岡県静岡市「めざぜ茶どころ日本一条例」

 「お茶といえばどの都道府県をイメージしますか?」というアンケート調査がありました。その結果、実に八割以上の支持を集めた静岡県が、圧倒的な一位となりました。ちなみに二位は京都府、三位は鹿児島県でした。「京都府はわかります。お茶のテレビCMでも登場しますから。でも、どうして鹿児島県が上位にくるのでしょうか?」なんて中学受験生が言わないでくださいよ。茶葉の生産量のランキングでいえば、やはり全国生産量の約四割を占める静岡県が一位なのですが、二位は鹿児島県ですからね。この上位二県で実に七割を占めます。さらにいえば、茶葉の生産ランキングを市町村別にまで細分化すると、なんと一位に輝くのは鹿児島県の南九州市になるのです。「知覧茶(ちらんちゃ)」という南九州市のお茶のブランドは全国に浸透しつつありますからね。お茶をモチーフにしたご当地キャラクターの「お茶むらい」(ちょんまげがお茶の葉っぱになったお侍さん)も活躍中ですよ。
 そんな状況の中、静岡県の静岡市では「静岡市のお茶に関する伝統、文化、産業等を守り、静岡市を日本一の茶どころとして育て次代に継承していくため」平成21年4月に「めざせ茶どころ日本一条例」が制定されました。この条例に基づいて「茶どころ日本一計画」が立てられて様々な施策を行います。100年後の将来像として「世界中のだれもがあこがれるお茶のまち」を目指しています。百年計画ですよ!静岡のお茶の情報を広く発信し、日本一の茶どころにふさわしいまちづくりを行い、お茶を中心とした交流を促進するとしています。
 ここで注意してほしいのが「めざせ日本一」という点です。今のところ日本一ではないと認めているともいえます。先ほど市町村別では鹿児島県の南九州市が一位だという話をしました。では続く順位に登場するのはどこの自治体でしょうか?二位は牧之原市、三位は島田市となります。いずれも静岡県にあるのですが、肝心の静岡市が見当たりません。生産地というのは、やはり茶葉の育成に適した地理的な条件があるのです。南九州はシラス台地という特徴があります。水はけが良く水持ちが悪いので、あまり稲作には向かないのでしたね。でもサツマイモやお茶の栽培には適しています。そして牧之原市・島田市はともに牧ノ原台地を擁しています。ここには総面積5,000ヘクタールという日本一の広さを誇る牧之原大茶園がありますからね。牧ノ原台地も稲作には不向きな土地でした。明治維新があり、それまで禄(ろく:給料のこと)をもらっていた武士たちが職を失うことになり、そうした無禄士族への対策として、入植をうながし開拓作業が始められたのが牧ノ原台地だったのです。そこに大井川の川越制度廃止で職を失った川越人足たちも加わり、一丸となって開墾が進められました。茶樹を植える事が推奨されたため、現在のような茶畑が広がる製茶地帯になったのでした。島田市の茶園の一角にある牧之原公園には、日本の歴史上お茶に関する重要な人物の像がたてられています。さて、その人物とは誰でしょうか?正解は平安時代末期から鎌倉時代の初期に活躍した栄西です。臨済宗の開祖として知られている栄西は、宋に渡って禅宗を学んでいる際に飲茶が行われているのを見聞して、帰国後に日本初のお茶の専門書「茶は養生の仙薬なり」ではじまる『喫茶養生記』を著しました。これによって禅宗とともに喫茶の習慣が武士階級に広がることとなったのですね。
 話をもとに戻して静岡市です。「めざせ日本一!」という発想はどこからきたのでしょうか。実はちゃんと静岡市にもお茶にまつわる日本一があります。それは生産量ではなく消費量です。「緑茶」や「茶類」の一世帯当たりの年間支出金額が日本一なのです!生産量の調査は作物統計調査とよばれ農林水産省の担当です。それに対して消費量の調査は家計調査とよばれ総務省が担当します。この家計調査は毎年注目されていますよね。特に「年間餃子消費量」(一世帯が年間どれだけの量の餃子を購入したか)を激しく争っている栃木県宇都宮市と静岡県浜松市は、もはや宿命のライバルといえるでしょう。
 消費量で日本一の静岡市が安心していられないのは、他にもお茶にまつわる条例を制定して様々な施策を打ってくる自治体が次々と現れるからでもあります。お茶といえば?のイメージランキング二位である京都府の宇治市では「宇治茶おもてなし条例」を制定して、お茶をおもてなしに使うことを奨励することで、宇治茶の普及などを目指しています。また大阪府の堺市では、お茶の生産でも消費でもない新しい切り口を示しました。市長は言います「茶の湯は単にお茶をいれて飲むだけでなく、美術、工芸、書画、生け花、お菓子まで、幅広い分野における総合芸術である。そうしたものを生んだ利休のふるさととしての魅力の発信を強化していきたい」と。名付けて「茶の湯条例」の制定を目指しています。安土桃山時代の茶人で、わび茶の大成者として知られる千利休の出身地の堺市が、茶の湯を通じておもてなしの心を広げる条例の制定を目指しているのです。静岡市もうかうかしていられませんよね。
2021.11.28 金メダル条例
 福岡県大牟田市「金メダル条例」

 今回取り上げる条例は福岡県の大牟田市で制定されました。「おおむた」と読みますよ。福岡県の最南端に位置する大牟田市は、南と東が熊本県と接しています。福岡県の県庁所在地である福岡市からは南に約65kmの位置にあり、熊本市からは北西に約45km、佐賀市からは南東に約35kmと、むしろ他県の中心地からの方が近いくらいだということを地図帳で確認しておいてください。かつては三井三池炭鉱の石炭資源を背景とした石炭化学工業で栄えた都市で、1959年には最大人口208,887人を誇りました。しかしながらエネルギー革命(石炭から石油へと、エネルギー資源が急激に転換すること)によって石炭化学工業は衰退し、同炭鉱も1997年3月には閉山してしまいました。その後は、廃棄物固形燃料発電施設を中心とした環境リサイクル産業などの新興産業(エコタウン)や、立地条件を生かした大牟田テクノパーク(工業団地)への企業誘致などに力を入れています。現在の市の公式キャッチフレーズは『やさしさとエネルギーあふれるまち・おおむた』です。2015年7月には、三池炭鉱宮原坑・三池炭鉱専用鉄道敷跡・三池港が明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録されましたよ。
 そんな大牟田市の高齢化率は35.7%になります。この数字は市民3人に1人以上が65歳以上の高齢者であることを示しています。これは福岡県の高齢化率26.4%や、全国平均の高齢化率27.7%を大きく上回っています。この高齢者都市ともいえる大牟田市にあるのが、「100歳に達したら金メダルを贈呈する」というユニークな条例なのです。その名も「大牟田市人生トライアスロン金メダル基金条例」です。一度聞いたら忘れられないインパクトがありますよね。条文を見てみましょう。第1条には、「人生をトライアスロンにたとえ、100歳に達する高齢者に対し、その勝利者として金メダルを贈るとともに、より豊かな長寿社会の実現を推進するため、大牟田市人生トライアスロン金メダル基金を設置する」とあります。長生きを人生の勝利者と認定し、100歳以上で市に住民登録があり、市内に居住しているという条件を満たせば全員が金メダルの対象になる、というのです。でもなぜ人生をトライアスロンにたとえたのでしょうか?これには大牟田市の公式見解があります。「水泳、サイクリング、マラソンの3種目を連続して1日で行うという、大変な体力と技を必要とする厳しいスポーツで、別名、鉄人レースと言われる。これを人生に例えると、明治、大正、昭和、平成と激動の時代を1世紀にわたり生きてきたことが、山であり谷であり、まさに、トライアスロンレースである」というのです。ちなみにトライアスロン競技は、夏季オリンピックの正式種目として、2000年シドニーオリンピックから男女とも実施されました。けれどもこの条例が制定されたのはトライアスロンがメジャーになる前の1992年、今から26年も前のことになるのです。先見の明があるともいえますが、きっかけは市制75周年に当たるその年に市民から500万円の寄附があったことだそうです。これを基金に積み立てて運用しようというわけでした。ところがほどなく低金利時代(現在では、マイナス金利という超低金利時代!)に突入してしまったため、基金の増加はほとんど見込めません。それどころか基金の残高は209万6,900円と減少してしまっています。それに反して?高齢化はどんどんと進んでおり、金メダルの対象者はうなぎのぼりだというのです。5年ごとに見ると、1997年に7人だった受賞者が、2002年には18人、2007年には22人、2012年になると47人に増え、2017年では60人にもなったのです。今後この増加傾向が鈍ることはないでしょう。多くの人が100年の人生を生きることが当たり前になる時代=「人生100年時代」の到来が確実視されていますから。皆さんの世代については、すでに半数の人たちが百歳まで生きるだろうと予測されているのですよ。
 「人生100年時代」というのは、英国ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットンさんが、長寿時代の生き方を説いた著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で提言した言葉になります。日本でもベストセラーになった本ですが、サブタイトルが「100年時代の人生戦略」というのです。この「人生100年時代」という言葉は2017年の流行語大賞にもノミネートされました。さらには「人生100年時代構想」として日本政府の重要政策のひとつに位置づけられるまでになっています。
 大牟田市の「金メダル条例」ですが、制度創設以来700名を超える市民の方々に金メダルを贈呈してきました。その金メダルは直径7.5センチメートル、厚さ5ミリ、重さは18グラムだそうで、金は本物ではありませんが金メッキがほどこされ、お値段は2,050円だとか。敬老の日の9月18日前後に市長や市の職員さんが手分けして、対象者を個別に訪問して直接お渡ししているのだそうです。
寿命が百歳までのびるというのは人間の夢ですよね。でもそのことで社会のあり方を変える必要性も生まれてきます。認知症対策や地域包括ケア体制の構築、元気な高齢者の就労支援や多様な社会活動参加の推進。そうした新たな政策の最前線にいるのが、住民にとって最も身近な行政機関である地方自治体なのですよ!
 大分県宇佐市「日本一長い名前の条例」

 今回取り上げるのは大分県の宇佐市で制定された条例です。宇佐市は大分県の北部、国東半島のつけ根に位置しています。読み方に注意の「くにさき」半島ですよ。なんとなくコアラに似た形をした大分県ですが、大きな耳(国東半島)のつけ根の部分にあたるのが宇佐市になりますので、地図帳で確認しておきましょう。大分県といえば世界的にも有名になった政策があります。「一村一品運動」です。シイタケ、カボス、ハウスミカン、豊後牛、関あじ、関さば、大分麦焼酎など、日本のみならず世界に通用するブランドを大分県内に数多く生み出しました。提唱したのは前知事の平松守彦さんです。残念ながら2016年に92歳でお亡くなりになりましたが、「地方から日本を変える」を口癖に1979年から6期24年にわたり「大分の顔」として活躍されました。1995年にはアジアのノーベル賞と呼ばれる「ラモン・マグサイサイ賞」政府サービス部門を受賞されています。一村一品運動を通じて地域が自助努力で経済発展をとげるよう啓発する手法は、広くアジア諸国でも導入され実績をあげたのでした。一村一品運動が掲げる「ローカルにしてグローバル」という標語は、文字通り世界で通用したわけですね。
 平松知事は著書『地方からの発想』の中で次のようにおっしゃっていました。「大分県を活性化する一つの道として、それぞれの地域が地域の誇りとなる産品―農産品でもよければ観光でも民謡でもよい―それぞれの地域の顔となるものをつくりあげていこうという運動を提唱することを考えた」と。では、そもそもなぜ「活性化」をしなくてはならなかったのでしょうか?社会の学習をする皆さんには、常に世の中の「なぜ?」を考える習慣を身につけてほしいと思います。
 1970年代、大分県は全国一の過疎県だという状況にありました。当時の過疎地域振興特別措置法に基づいた大分県の過疎市町村は、58団体中の44団体にも及んでいたのです。高度経済成長期の急速な工業化にともない、農村から都会へ、特に太平洋ベルトへの人口移動がおこりました。過疎化の進行です。工業基盤を持たない地域が、労働力のいわば供給地となってしまったのです。そこで平松知事は大分県下58市町村(当時)に対して、それぞれが自分達の顔となる産品を開発することを促したのです。地域の産業を興して就業の場をつくり、人口の流出を食いとめることをねらったのでした。地方創生がとなえられる現在でも参考にされることの多い政策として、一村一品運動は覚えておきましょう。
 宇佐市にも一村一品運動で力が注がれた産品があります。「下町のナポレオン」というキャッチコピーで有名な麦焼酎もその一つです。制定された条例にも「宴会等では宇佐の地酒で乾杯すること」と明記されていますからね。それではいよいよ「日本一長い名前」というふれこみの条例を紹介しましょうか!正式名称は次の通り「千年ロマンへと想(おも)いをはせ、海の幸、山の幸、自然豊かな宇佐のチカラの恵みを未来へと紡ぎ広める条例」になります。実に47字です。平成29年1月に施行されました。郷土である宇佐の歴史や文化に誇りを持ち、農林水産物の地産地消を進めて後世に受け継いでいくのが目的の条例になります。具体的には、先ほどの宇佐産のお酒で乾杯することのほか、お中元やお歳暮といったプレゼントには地場産品を利用することなど、市民に呼びかけていくことを市の役割として定めました。そこで宇佐市は条例の名前の長さをPRする垂れ幕や缶バッジを作って積極的にアピールをおこなったのでした。ところが「ちょっと待って、日本一ではない!」との声が上がり、市は困惑してしまったというのです。
 宇佐市には「この条例の長さをこえれば日本一である」と、ターゲットにしていた条例がありました。通称「りんごまるかじり条例」と呼ばれている青森県板柳町の「りんごの生産における安全性の確保と生産者情報の管理によるりんごの普及促進を図る条例」(41字)です。けれども「そもそも宇佐市にだってもっと長い条例が存在するじゃないか!」と指摘されてしまったのです。その条例の名は「宇佐市指定地域密着型介護予防サービスの事業の人員、設備及び運営並びに指定地域密着型介護予防サービスに係る介護予防のための効果的な支援の方法の基準等に関する条例」(79字)です。確かに長い!それなのになぜ、47字で「日本一長い」というアピールが可能だと思ったのでしょう?宇佐市の市議会議長がこれに答えています。「法律に基づくものを除いた議員提案のご当地条例としては日本一だ」と。これはどういう意味でしょうか?
 議案には首長が提出するものと議員が提出する(議員によって構成される委員会が提出するものも含む)ものがあります。実はほとんどの条例が首長の提案によるものなのです。79字の「介護予防サービスに関する条例」も市長による提案です。しかも同趣旨の条例ならほとんど同じ文言で日本全国どこの自治体にも存在します。それは介護保険法に基づいた規定だからです。先ほどの議長の発言はこのことを指しているのですね。地方自治法の第112条には「普通地方公共団体の議会の議員は、議会の議決すべき事件につき、議会に議案を提出することができる」と定められているのですが、実際には議員個人の力量で条例提案をするというのは難しいことなのです。「千年ロマン」ではじまる長い名前の条例も、宇佐市議会においては初めてとなる議員提案条例だったのでした。
 地方自治体では、首長と議会議員をともに住民が直接選挙で選ぶ二元代表制をとっています。首長と議会は、それぞれが住民を代表しているわけですから、条例提案においてもある種の緊張関係を保つことが本来のあり方でしょう。議会の積極性が問われている、ということもできますね。

2021.10.25 リアクション
 「リアクション」

 今年の夏は東京でパラリンピック競技大会が開催されましたね。記憶に残る熱戦が繰りひろげられました。個性や能力を自分たちらしく発揮する選手たちの活躍に目を奪われましたよね。今回のパラリンピック競技大会を契機に、われわれ一人ひとりが多様性への理解を深めていくことにつながっていったと思います。「誰もが生きやすい社会を目指して」というのが、大会が掲げた目標です。社会の様々な分野において、ダイバーシティ(多種多様性)とインクルージョン(包括・一体性)を推進していくことが求められています。多様な個性のある人々が、自分らしさを発揮しつつ、違いを認め合い、そしてその違いを活かしながら協力することの必要性を、多くの人々に認識してもらうこと。この大会の意義は十分に果たされたと思います。
 さて私は、パラリンピックの三つの競技で、メダル授与式のプレゼンターを務めさせて頂きました。金・銀・銅のメダルをのせたトレーを、選手の方々のもとに運ぶ任務ですね。組織委員会から「運営貢献者」ということでご指名があったのです。ブリーフィング(事前の説明)では「メダリストにはコングラッチュレーションと、一言お願いします」と連絡があったのですが、メダリストの皆さんが全員「英語圏」出身の選手というわけではありませんよね。せっかくですから、英語だけではなくフランス語・中国語・ロシア語での「おめでとうございます」を確認しておきました。ドイツ語やスペイン語を準備しなかったのは、担当する競技のファイナリスト(決勝戦進出者)にはいらっしゃらなかったからです。ちなみにフランス語では「フェリシタシオン」、中国語では「ゴンシー、ゴンシー」、ロシア語では「パズドラヴリャーユ」になります。でも「カナ表記」を覚えたとしても、「発音」が正しくなければ相手に伝わりませんよね。そこでインターネットの動画を見て、ネイティブスピーカー(その言語を母国語として話す人)の発音を繰り返し耳にしておきました。なんと便利な世の中になったものだと、感心しながらです。デジタルネイティブ世代(生まれたときからインターネットが身近にある世代)である方々にとっては「当たり前」なのかもしれませんが、私が外国語を勉強しようとした何十年前には「夢」でしかありませんでしたよ、本当に。こうしてインターネットの恩恵にあずかった結果、フランスの選手からは「メルシー(フランス語でありがとう)」と、中国の選手からは「シエ、シエ(中国語でありがとう)」と笑顔で返事が戻ってきましたよ!私が事前の準備をしようと思ったのは、このリアクションをイメージしていたからなのです。
 「リアクション」は英語の「reaction」が由来の言葉ですが、日常会話でもよく耳にするようになり日本語として通用していますよね。「反応」という意味になります。「話をふられたときの反応」のことを「リアクション」という言葉で表現することに慣れているのではないでしょうか。大げさな「リアクション」を芸風とするお笑いタレントさんの活躍でおなじみですよね。「reaction」を分解すると「re」+「action」になります。「action」は「アクション」で「行動」「動作」を意味しますよね。「re-」という接頭辞は「再び」「反対に」を意味する「リ」になります。「リターン」や「リフォーム」の「リ」も同じですよ。そう考えると「リ・アクション」を「反・作用」と訳すことができますよね。物理の「作用・反作用の法則」というのは「action-reaction law」になりますからね。
 「作用があればかならず反作用が生じており、その大きさは等しく方向が反対である」これが「作用・反作用の法則」です。「リアクション」をこの「反作用」であると考えると、「アクション」すなわち「行動」をおこす際に注意すべき点が見えてくると思います。相手に対して何らかの働きかけをする場合に気を配るべき点です。物理の法則では相手に作用するのは目に見えない「力」になりますが、人間関係においては「相手に対する関心の度合い」が作用するのだ、と考えてみてください。相手に「無関心」のまま働きかけたとしても、返ってくるのは「無関係ですよね」というつれない対応になります。少しでも「あなたに関心があります」という態度で働きかければ、「私のことを見てくれている」という反応が返ってきますから。メダル授与式の例でいうと「あなたがフランス人であるということを知っていますよ」という意味を込めて「フェリシタシオン」と声をかけると、「メルシー」という笑顔の返事が戻ってくるのです。相手がどんなリアクションをするのだろう?と考えること自体が、相手に対して関心を払っているということになりますからね。

 愛知県東海市「トマトジュースで乾杯条例」

 今回取り上げるのは東海市で制定されたユニークな条例になります。ところで東海と聞くと皆さんは何をイメージするでしょうか?私には反射的に思い浮かぶ短歌があります。石川啄木の歌集『一握の砂』の冒頭に収録された一首「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」です。まるで日本列島を宇宙から撮影している衛星カメラが、海岸でカニに触ろうとしている男の指先へと一気に高速ズームしていくかのような情景描写ですよね。東海→小島→磯→白砂→蟹へと焦点を絞り込んでいくにつれ、空間が急速に縮小していくかのようなスピード感があります。皆さんの世代でしたら、グーグルアースの地図検索などでおなじみの映像体験なのかもしれませんが、石川啄木は今から百年以上前の明治、日清・日露戦争の時代を生きた人物ですからね。
 私はてっきりこの歌の舞台となっているのは静岡県あたりの海岸だと思っていたのですが、岩手県出身の啄木が函館市に移住して詠んだ歌らしく、北海道の海岸というのが定説らしいのです。東海には広く日本国という意味もありますからね。ではなぜ私は勝手に静岡県だと想像してしまったのでしょう?
 東海地方という表現があります。本州中央部の太平洋側を指すもので愛知県・岐阜県・三重県・静岡県の四つの県が含まれます。ここから静岡県と結びつけてしまったのですね。そもそもこの東海地方という地域を表す言葉は何に由来しているのでしょうか?時代は奈良時代にまでさかのぼります。律令制が整った天皇中心の中央集権国家のはじまりです。五畿七道という行政区画がありました。山城・大和・摂津・河内・和泉の五国と、東海道・南海道・西海道・東山道・北陸道・山陽道・山陰道の七道になります。皇宮周辺の五国は重視され、それ以外の地域は国の上に道という行政区分がしかれていました。ここで注意です。江戸時代の東海道をはじめとする街道は本当に人が行き来する道のことを指していますが、この時代の東海道は現在の北海道という表現と同じエリアを指す言葉だったということを確認しておいてください。北海道は街道じゃありませんよね。この東海道という地域は現在の東海地方よりもはるかに広い範囲を含んでいました。西は伊賀の国から、現在の三重県ですね、これは今と同じ。ところが東は常陸の国まで、なんと現在の茨城県になります。日本で最初に原子炉の運転が開始された茨城県の東海村も、奈良時代でしたら東海道に属することになるのですよ。ついでですので、東海の反対、西海も確認しておきましょうか!西海市はありますよ。長崎県西彼杵半島の北部に位置する市です。また西海漁場と呼ばれるアジ・サバ・イワシなどの世界的な漁場も有名です。九州地方の西方、東シナ海から黄海にかけての漁場になります。広大な大陸棚が広がり、北へ進む暖流の対馬海流と北からの冷水の流れがぶつかる潮境が形成されているのです。南海市は?残念ながらありません。けれども最近南海トラフという言葉をよく耳にしませんか。四国の南の海底にある水深4,000m級の深い溝(トラフ)のことです。非常に活発で大規模な地震発生帯として知られていて、マグニチュード8クラスの巨大地震が100年~200年ごとに発生していることから、現在警戒が強まっているのですよね。以上、東西南北の確認でした。
 閑話休題、東海市の条例の話です。愛知県の東海市は平成26年から「東海市トマトで健康づくり条例」を施行しています。トマトを活用した健康づくりを推進することを目的に制定されたこの条例では、毎月10日をトマトの日と定めるとともに、健康的な食生活に向けた意識の高揚を図るため、トマトジュースによる乾杯を推奨しています。
 工業生産額1位を誇る愛知県ですが、農業産出額でも上位に食い込んでいます。キャベツやトマトやブロッコリーといった野菜の生産も盛んなのですよ。地図帳で確認してみてください。渥美半島を中心とした地域には野菜のマークが並んでいますよね。でも知多半島の付け根にある東海市のあたりはというと、鉄鋼のマークはあっても野菜は…。東海市のトマト生産額がずば抜けているということはないようです。ではなぜトマト条例なのでしょうか?ヒントは「トマトジュースで乾杯」にあります。
 東海市はトマトジュースで有名なカゴメの創業者、蟹江一太郎さんが生まれたまちなのです。トマト王と呼ばれる蟹江さんは東海市の名誉市民にもなっています。東海市とカゴメは「トマトde健康まちづくり協定」を締結し、ともに市民の野菜摂取量の増加と健康寿命日本一を目指して取り組んでいるのです。こうした地元にゆかりのある企業と自治体との提携はよくみられます。大阪府の池田市はカップヌードルで有名な日清食品の創業者安東百福さんが世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発明したまちで、安藤さんは池田市の名誉市民でもあります。池田市に「ふるさと納税」すると、日清食品製品とひよこちゃんのオリジナルグッズの詰め合わせがもらえることで有名ですが、さすがに「インスタントラーメンで昼食条例」といったネタはありません(笑)。
 カゴメは条例制定を記念して、なんと「トマトジュースがでる“蛇口”」を東海市に寄贈しました。蛇口は移動式で、市内のイベントに不定期で登場するそうです。その際には先着で1010杯の提供があるとのこと。皆さんも東海市のホームページで神出鬼没の蛇口をチェックして、リコピンを補給してみてはいかがでしょうか!
 長野県佐久市「ポイ捨て禁止条例」

 小学生が政治を動かした!という事例を紹介したいと思います。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたのを機に、「主権者教育」(政治に参画することを目指した学習)が注目されていますからね。制定をしたのは長野県の佐久市という自治体です。
 内陸県(海に接していない県)の代表ともいえる長野県ですが、その中でも佐久市は「日本で海から一番遠い地点」が存在するところです。気候はもちろん内陸性気候になります。夏と冬、昼と夜の寒暖の差が大きく、降水量が少ないのでしたね。入試によく出る雨温図での区別のポイントは「1・2月の平均気温がマイナスになっている」ところです。その点がグラフの形はよく似ている瀬戸内式気候との大きな違いでした。涼しい気候を利用した高原野菜の栽培が盛んだということも知っていますよね。レタスやセロリは長野県が日本一の生産を誇っています。特に他の地域の出荷が少ない夏のレタスの生産は圧倒的で、東京都中央卸売市場への入荷を独占している状態です。大消費地である東京の需要は、一年を通して変わりませんので、生産者にとってはどのタイミングで作るのかということが重要なのでしたね。
 海に接していないのですから周りはすべて「他の県」ということになりますが、長野県は実に8つの県と接しています。「都道府県を覚えよう!」と学習を始めたころに、長野県を中心にすえて隣接県を上から時計回りに「に・ぐ・さ・や・し・あ・ぎ・と」と呪文のようにして覚えませんでしたか?「新潟・群馬・埼玉・山梨・静岡・愛知・岐阜・富山」の8つですよね。「埼玉県と接しているのですか?!」と驚かないように。
 天気予報では「関東甲信越の明日の天気は」という表現が聞かれますが、甲信越というのは「甲斐・信濃・越後」の頭文字で、それぞれ「山梨・長野・新潟」を指しています。長野県は信州とも呼ばれますよね。これは「信濃の国」の別名です。「信州みそ」や「信州そば」という言葉は耳にしたことがあるでしょう。でも「長野そば」とはいわないのです。長野県にある国立大学も信州大学ですからね。長野県の県庁所在地である長野市は、善光寺の門前町として栄えてきました。県庁所在地の多くが城下町であり、門前町は例外的であることからも注意が必要です。
 さて佐久市の「ポイ捨て禁止条例」です。正式には「佐久市ポイ捨て等防止及び環境美化に関する条例」といいます。平成22年10月に制定されました。罰則規定もありますよ。指導や勧告に従わない悪質な違反者については、氏名が公表され20万円以下の罰金が科されます。条例制定のきっかけとなったのが小学校5年生と2年生の兄弟だったということで注目されました。先ほど「小学生が政治を動かした」と書きましたが、もちろん小学生ですので選挙で投票することはできません。けれども実際に政治に参加することが可能だということを示してみせたのです。通学路のごみが気になった兄弟二人は、一年間にわたって毎月、両親と一緒にごみを拾い続けました。ところがごみは一向に減る気配がありません。特に多かったのがタバコの吸殻です。子どもたちが学校に通う道であるにもかかわらずです。受動喫煙(たばこを吸わない人が、他人のたばこの煙を吸わされること)が、子どもの成長や学力にまで悪影響を及ぼすというデータもあります。このままではいけないと思います!と、兄弟は佐久市にうったえたのでした。「僕たちはたばこの吸い殻を拾いながら『大人が捨てたごみを子どもが拾うなんて、悲しい』と思いました」と。条例をつくってポイ捨てをなくしてほしい!とお願いしたのです。こうした要望のことを「陳情」(ちんじょう)といいます。
 陳情は誰でも自由に自治体や議員などに意見を伝えられる方法なのです。「一体どうやって?」と思うかもしれませんが、皆さんが住んでいる自治体のホームページででも確認してみて下さい。区長や市長への意見や提案を受けつけていますから。このように意見を伝える方法は、日本国憲法の16条で保障された請願権に基づいたものなのです。誰でも国や地方議会などに要望を述べることができるのです。意見に賛成してくれる紹介議員がつくと、陳情は「請願」になります。逆に、議員紹介がないものは陳情として扱われるということでもあります。請願を受理した議会は常任委員会で審査をして、本会議で採択か不採択、継続審議か決めることになります。採択すれば首長に文書送付し、請願内容の実現を求めることになるのです。
 皆さんも、実現してほしい政策を議会へ要望する請願や陳情に挑戦してみてはどうでしょうか!そのためには、自分たちの住んでいる地元のことをよく調べなくてはなりません。交通安全や防災などの課題はないだろうか?しっかりと探ってから請願の内容を考案するのです。これぞまさしく主権者教育だといえますよ。
 兵庫県香美(かみ)町「魚(とと)条例」

 兵庫県で制定されている面白い条例を紹介しますね。通称「魚(とと)条例」と言います。「魚を食べよう!」を合言葉に、魚食の普及を促進していく活動を繰り広げるというものです。「魚食」という言葉にもあまりなじみがないのではありませんか?魚食は「ぎょしょく」と読み、文字通り「魚を食べる」という意味ですよ。「魚食魚(ぎょしょくぎょ)」なんていう言葉もあります。アオザメのようにエサとして魚を食べる魚のことですね。
 兵庫県で「魚を食べよう!」と聞けば、皆さんはどんな魚を思い浮かべるでしょうか?「タイでしょ!タイ!明石のタイは有名です」「いやいや、明石といえばタコです!」潮流が速くて、プランクトンやエビ・カニなどのエサが豊富な明石海峡でとれた明石鯛と明石だこは、身が引き締まっていておいしいと評判ですよね。その明石海峡に架けられた明石海峡大橋は、兵庫県の神戸市と淡路市を結ぶ世界最長の吊り橋になります。大鳴門橋を経由すれば、神戸市から徳島県の鳴門市まで車で進むことができますよ。本州と四国が道路で直結された意義というのは大きいものがあります。大阪や神戸を中心とした関西経済圏と四国が直結したわけですから。日常生活はもとより物流や観光の面でも様々な効果をもたらしました。
 さて兵庫県は「五つの顔を持つ県」と呼ばれていることをご存知でしょうか。五つというのは旧国名区分に基づきます。摂津(せっつ)・播磨(はりま)・但馬(たじま)・丹波(たんば)・淡路(あわじ)の五つです。異なる歴史的背景とそれぞれに異なる地勢を持った五つの地域になります。旧国名は受験知識としても役に立ちますので、主だったところは覚えておきましょうね!四国を例に挙げますと、徳島県は阿波、高知県は土佐、愛媛県は伊予、香川県は讃岐になります。それぞれ、阿波踊り・土佐和紙・伊予柑・讃岐うどん、と伝統的な行事や産物と旧国名は分かちがたく結びついていますからね。特に伝統的工芸品は要チェックです。しっかりと頭に入れておきましょう!
 兵庫県の話に戻します。しかも魚の話でしたね(笑)。明石海峡をふくめた瀬戸内地域の話題が続いてしまいましたが、これは旧国名で言うならば摂津・播磨・淡路の話になります。瀬戸内海国立公園が広がる地域ですね。ところで兵庫県にはもう一つ国立公園があるのです。それは中国山地をはさんだ反対側の日本海に面した地域で、山陰海岸国立公園といいます。「えっ?兵庫県に日本海があるの!」と、知人が真顔で質問してきたことがあります。いい歳をしたオトナですよ。さすがに君たちは大丈夫だと思いますが、いいですか?兵庫県の日本海側は但馬地方と呼ばれています。あらためて「たじま」という読み方も確認しておいてください。間違えて「たんば」と読まないように。「たんば」は「丹波」ですからね。ブランド牛の元祖「但馬牛(たじまうし)」は、耳にしたことがあるのではないでしょうか。
 この日本海に面した但馬地方のまち香美町で制定されたのが「魚(とと)条例」なのでした。ですから、瀬戸内海からイメージされるタイやタコよりも、松葉ガニやカレイといった日本海の幸をここでは思い浮かべましょう!地域の水産振興、水産物の消費拡大、地域経済の活性化を図るために魚食普及を促進することを目的として、正式名「香美町魚食の普及の促進に関する条例」が制定されたのは平成26年になります。
 なぜ「魚を食べよう!」という活動が必要なのか。その背景には日本人の「魚離れ」があります。国民一人一日あたりの魚介類と肉類の摂取量において、肉類が初めて魚介類を上回ったのが平成18年、魚介類の摂取量は年々減少傾向にあります。食の西洋化が進むと共に、食が多様化しているのですね。その結果今では和食文化が危ぶまれ、同時に魚食文化も危機に直面しているのです。消費者の多くが調理の簡便化志向を強め、家庭で日常的に作られていた魚料理が親から子へ伝承されなくなっています。
ところが平成25年12月「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことにより流れが変わりました。これを契機として、多くの日本人が和食文化を見つめ直すとともに、次世代に向けた保護・継承の動きにつながることが期待されるようになったのです。和食といえば、米・魚・野菜や山菜といった地域で採れる様々な自然食材を用いることを基本としていますから。「魚を食べよう!」という呼びかけが水産業のまち香美町でおこったのは必然とも言えるのでした。
 香美町の幼稚園・小学校・中学校では毎月20日に「ととの日メニュー」として町内産の魚を使用した同一メニューの給食が出され、地元食材への理解を深めています。日本一のふるさと給食の実現を目指しているそうです。さらに町内全中学校の生徒が、卒業するまでに必ず魚を三枚におろすことができるよう「中学生のふるさとの魚料理実習」も実施していて、町内産の新鮮な魚に触れる絶好の機会となっています。「どうして20日がととの日なんですか?」と香美町の農林水産課に問い合わせたところ「10(と)+10(と)で、20です」とのお答えでしたよ。
2021.06.02 鍋条例
 青森県南部町「鍋(なべ)条例」

 青森県は本州の最北端にあります。緯度でいうならば北緯40度12分から41度33分までの範囲、町名でいうと田子町から大間町までの間に位置することになります。この青森県最北の町名には聞き覚えがありませんか?そう「大間マグロ」で有名です!一匹の値段が一億五千万円を超えたこともあるんですよ。津軽海峡をおよぐクロマグロを一本釣りで釣り上げるというのはロマンがありますよね。地球儀で青森県とほぼ同じ緯度にある都市を確認してみましょうか。するとニューヨーク(アメリカ)、北京(中国)、ローマ(イタリア)、マドリード(スペイン)といった世界を代表する大都市がならんでいることも分かりますよ。
 さて、そんな青森県のある町で、おもしろい条例が制定されています。通称「鍋(なべ)条例」です。「青森県で鍋」と聞いたとき私の頭に真っ先に浮かんだのが、青森県が生産量で1位を誇る食材を使った鍋でした。リンゴを使ったまるでスイーツのような斬新な鍋か?ニンニクやナガイモを使って健康に配慮した薬膳鍋か?サバやイカといった水揚げ量1位の食材を使った海鮮鍋か?想像するだけで食べてみたくなりますよね。青森県は全国有数の農業産出県であり、漁業においても全国有数の水揚高の八戸港がありますから。さらに想像をたくましくすると、「縄文鍋」というアイデアもわいてきます。青森県内では縄文時代の遺跡が数多く出土しており、とりわけ三内丸山遺跡は有名ですよね。縄文人の住居跡や縄文土器、土偶などが各地で発見されています。例えば、縄文土器を使ってイノシシや鹿の肉といった最近流行のジビエ食材とクリ(三内丸山遺跡ではクリが栽培されていました)を煮込んだ縄文式鍋?なんてどうでしょうか!
 勝手な想像はさておき、鍋条例のお話に戻ります。この条例にはキャラクターまで存在するのです。その名も「なべまる」。顔のついた土鍋のキャラクターです。頭のふたを開けると中には、長ネギ・しいたけ・かまぼこ・豆腐…といった具材がならんでいます。ここで私は首をかしげるのでした。なぜ長ネギが描かれているのだろうか?と。長ねぎの生産が盛んな県といえば、千葉県や埼玉県や茨城県です。人口が集中する大消費地に近い農地で作られる典型的な近郊農業になります。首都や大消費地から遠い青森県は、近郊農業とはあまり関係がないはず。しいたけについてもそうです。生しいたけの産地としては徳島県が、干ししいたけといえば大分県が有名です。どちらの生産についても青森県がランキングに出てくることはありません。では、かまぼこは?海の幸にかかわることですから、青森県にも期待できます。それでもかまぼこの生産では、新潟県や兵庫県、笹かまぼこで有名な宮城県がランクインしていますが、青森県をみかけることはありません。豆腐にいたっては消費量ランキングで青森県は40番台。あまり豆腐を食べない県、という認識になります。ですからキャラクターに描かれているのは、あくまでも一般的な鍋のイメージということであるようです。私が妄想した奇をてらったようなオリジナル鍋ではなく、ごく真っ当な鍋を想定していることは、条例の趣旨を読むと実はよく分かるのです。
 青森県南部町で「鍋条例」が制定されたのは平成24年のことでした。正式には「笑顔あふれる明るいコミュニケーション推進条例」という名称になります。「鍋条例」というのは通称なのです。その目的はというと、「町民が鍋料理を囲み、食べ物のありがたさや自然の恵みを感じて、たくさん食べることで、家族のだんらんや仲間との語らいが自然に活発なコミュニケーションの場となり、笑顔あふれる家庭となり子どもの健全育成及び仲間意識を醸成し、町の活性化に寄与する」ということになります。核家族化やライフスタイルの多様化により、家族がそろって食事をするだんらんの機会が減り、食生活も多様化しています。一人で食事をする「孤食」や、同じ食卓に集まっていても、家族がそれぞれ別々のものを食べる「個食」が増え、家族そろって生活リズムを共有することが難しくなっているという背景があります。そして直接的なきっかけは、平成23年3月11日の東日本大震災の経験です。家族の絆や人々とのつながりの大切さを誰もが実感しました。そのため南部町では、毎月22日を「鍋の日」と定め、町民や関係機関が一体となって「鍋の日」の普及推進を図り、笑顔あふれる明るい家族や仲間とのコミュニケーションを深めよう!と決めたのでした。さて、なぜ鍋の日が22日なのでしょうか?それは「フーフー言いながら食べることの語呂合わせです」とのこと。
 「鍋の日」に合わせて「ノー残業デー」も実施しています。月に一度でも「残業しない日」を意識してつくることで、仕事の見直しや改善を進めようというのです。それが政府のいう「働き方改革」の第一歩にもなるというねらいがあります。「鍋の日」にはみんなで鍋を囲み、人と人とのつながりをあらためて考える日にしようという趣旨なのです。
 南部町の企画財政課に問い合わせたところ、「地元の食材をふんだんに使ったオリジナル鍋を梅沢富美男さん(料理好きな芸能人)に考案していただきました」とのこと。残念ながら私の妄想鍋を紹介するタイミングは逸してしまいました。また、地元のブランド食材として「南部太ねぎ」という伝統野菜があるということも教えていただきましたよ。